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100年経営の会 地域フォーラム@三重
長寿企業に学ぶ不変と革新の経営理念

 
フォーラム登壇者ら
 
100年経営の会会員企業と地元トップらが、長期持続的成長を目指す経営のあり方を探った(三重県の四日市ドーム)

100年経営の会、モノづくり日本会議、日刊工業新聞社は2月14日「地域フォーラム@三重 不変と革新」を三重県四日市市の四日市ドームで開いた。

長い歴史を持つ優れた企業が多数ある三重県において、100年経営の会会員企業と地元企業のトップらが登壇し、長期にわたり持続的成長を目指す経営のあり方を探った。

同会場で13、14の両日開かれた「リーディング産業展みえ2013」との併催で、リーディング産業展の実行委員会と三重県が後援。県内外から250人以上の来場があり、講演・パネルディスカッションに熱心に聞き入るとともに、交流会では活発な意見・情報交換を行った。


あいさつ

 
三重県知事 鈴木英敬氏
「中今」の精神であすを開く  三重県知事 鈴木英敬氏

 昨年第1回の地域フォーラムが大分・臼杵で開かれ、今回はモノづくり中小企業が集積する三重県で開催される。「不変と革新」がテーマだが、同義語で現在の三重県出身の松尾芭蕉の言葉「不易流行」がある。また不変と革新に通じるものを感じるのだが、今年は伊勢神宮で第回の式年遷宮が行われる。1300年続く行事だ。これは「常若」といった精神で、神様に常にみずみずしい新しい環境にいていただこうとの考えに基づいている。正殿だけでなく、調度品に至るまで新しくし、その技術も伝承していく。

 さらに神道には「中今」という考え方がある。今を一生懸命に生きる、前を向いて頑張るといった意味だ。「不易流行」「常若」といった考えのもとにも、将来を過剰に不安視したりせずに一生懸命頑張り、明日を開いていこうという中今の精神があると思う。100年経営の会の理念にも追加していただきたい。

 私にとって北畑隆生会長は通商産業省(当時)入省時の初めての上司であった。これを縁に100年経営の会としても三重県の企業の皆さまのサポートもお願いしたい。

 同時に行っているリーディング産業展みえは今年からBツーBを明確にし、企業同士が出会ってビジネスを生み出すことに特化している。フォーラムとともに三重県の素晴らしい企業をご覧いただき、新たな取引や成長のチャンスをつかんでいただきたい。


講演 「NOで入らず『まずやってみる』風土技術でしたたかに生き抜く」

ありたい姿描き「旗を揚げよ」 シンフォニアテクノロジー社長 武藤昌三氏
 
シンフォニアテクノロジー社長 武藤昌三氏

 当社は1878年に鳥羽造船所として発祥、創業は電気機械の試作に着手した1917年としている。現在日本で働いているのは連結で約3000人ぐらい。三重県には伊勢と鳥羽に工場がある。なんで100年も続いているのかはちょっとわからないのだが、昔からいろいろなことをやっている。何でもやってみようという気持ちがある。「NOから入らないでおこうや」という風土から、技術的に難しそうなもの、何か面白そうなものを何とかやってみようと、挑戦している。

 基本的には「技術オリエンテッド」で売っていく。一つは高速回転機技術。もともと発電機なども作っていたので絶縁や巻線技術、電力の変換技術がある。また電気と磁力は裏腹というか、磁気回路技術もある。それから振動制御技術も。お客様第一で、求められる非常に多彩な分野、製品を生み出している。

 本日は不変と革新というテーマだが、「不易流行」という言葉をやはり使っている。変わらないことは変えてはいけない、変わらなくてはいけないものはきちんと変えていく発想で会社を経営している。中国の四書五経のなかの易経、とくに「易の三義」に学び社内の教育をしている。まず「変易」という言葉がある。同じ春は絶対来ないよということだ。もう一つ「不易」は春、夏、秋、冬が必ず来て同じ春は来ないけれども、この順番は決して逆にはならない、自然の法則は変わらない。さらに「易簡」は素直に世の中、大自然を見ればいろいろなことが見えてくるはずということ。そうした中で教育としては直観力と洞察力をきちんと持てるよう進めている。

 会社として目指す方向は、エコと海外。この二つの旗を掲げる。多彩な製品を作っているが二つはすべてに当てはまる。まずステートメントとして掲げる「ECOing」。2009年度には30%の製品がエコ関連だったが、これを20年度には70%の製品群としたい。グローバル展開についてはやはり09年度に10%しかなかったが、20年度には50%とする。

 自然エネルギー関連では小型スマートグリッドで新しい製品を立ち上げている。電気自動車関連では急速充電関連に取り組んでいる。医療用、例えば認知症の早期発見システムなどの開発も進めている。

 仕事を進める上では、ありたい姿を皆で描くことが大切だと思う。われわれは次にどこに進むのか、それは人から与えられるのではなく、自らつくるものだ。孫子の兵法にある「旗を揚げよ」に学び、ありたい姿を含めて旗を揚げれば人はついてくると考える。

 やはり一番大事なのは人。後継者も含めてトップになる人材を育てようと、自分の名前をもじって「昌下村塾」を開いている。「龍を育てよう」を合言葉に上級管理職の研修をスタートしている。人は他では育ててくれない。自ら育てよう。

講演 「スエヒロEPMという企業」

モノづくりは"サービス業" スエヒロEPM 会長 佐久間裕之氏
 
スエヒロEPM 会長 佐久間裕之氏

 今年創業60年を迎える企業で、あと40年先にこの企業があるのかは、私は見られないかと思う。ただ、今までの考え方や実績を踏まえていけば100年はおろか、200年続く企業になりうると信じている。主な製品はスクリュータイプの固液分離機で、天ぷら油やサラダ油といった食用油を原料の豆からしぼる機械だ。こうした機械はかつては日本になく、戦後間もなくの製油工場では外国製機械を使っていた。不況になり一つの工場を閉めようというとき、ある工場長がこの部門が消えるのは惜しいと考え、分離独立して「有限会社末広鉄工所」が1953年にスタートした。そこが今でも業務を営むスエヒロEPMの創業の地だ。

 戦後多くの日本企業が発展していく中で末広鉄工所にも運が向いてきた。独立した製油会社の好意を得て、外国製品と並んで機械を使ってもらい、劣らぬ性能を発揮したのだ。地元なので部品供給もメンテもすぐできると、口から口に紹介していただいた。全国をまわり少しずつシェアを拡大していった。

 私はこの会社に勤めてもう47年になるが、技術的に完全に理解できることは半分あるかという経営者だ。ただ考えているのは自社製品をオンリーワンにしよう、オンリーワンの企業になろうということ。何十年か前にオンリーワンという言葉を知っていたかどうかわからないのだが。

 モノづくりの中で大事なのは、実験して結果を出すことだと思う。はっきりと目に見える結果を出せば、お客さまに納得いただける商品を生み出せる。しかし小さな企業で最も情けないのは研究開発をしたくても余裕や資金がなかったりすることだ。

そこで、顧客とともに開発する企業になっていこうと考えた。顧客の新しい製品化に向けたテストに協力し、場合によっては当社の機械も買っていただく。お客さまとともにというと格好いいが、少しずるいやり方だろうか。

 そしてモノづくりといえどもサービス業であるということを忘れてはならない。創業者である父は亡くなって47年になるが「機械に魂を入れろ」と口が酸っぱくなるほど言っていた。どういうことか今もってわからない部分もあるが、要するにお客さまの本当の気持ちがわかっているかどうかで、作った機械は全然違ってくるということではないかと思う。機械も生き物のように扱って心を入れれば、普通の機械よりももっと働くはず、と創業者は言いたかったのだろう。

 企業経営としては「自助努力」という言葉を重視している。中小企業もうまくいかなくなると政治が悪い、役所が悪いと周りのせいにしがちだが、そういった姿勢は嫌いだ。

 また私は人とのご縁がいかに大切かと感じている。よく一期一会というが、「一期一生」という言葉を常に頭に置いている。今日ここで初めて会った方とも自分からは縁を切らず、死ぬまでお付き合いいただきたいと考えている。


パネルディスカッション

顧客に信頼得られる会社   
人の縁を力に試練乗り越え   今の時代こそ真心を原動力に
野田氏 久保田氏
◆モデレーター
法政大学大学院イノベーション・ マネジメント研究科教授
久保田 章市氏 
◆パネリスト
セラリカNODA社長 野田  泰三氏
シンフォニアテクノロジー社長 武藤  昌三氏
スエヒロEPM会長 佐久間 裕之氏

★久保田 まず「なぜ今100年経営なのか」と問いかけたい。日本はご存じのように世界一の長寿企業大国だ。世界最古の企業とされるのは578年創業の金剛組。1300年以上続く温泉旅館もある。わが国には創業100年以上の企業が約5万社ある。これは日本の企業数420万社の1%強だ。この100年を振り返ると、さまざま経済環境の変化、試練があった。今後さらに各企業が発展していくヒントとなる話をうかがおうと思っている。

★野田 私どもは創業181年。木から取る「木ろう」は江戸時代には鬢(びん)づけ油に使っていた。私が大学を卒業して他の会社に勤めず当社に入ったのは学生時代に父が亡くなり、母が苦しんでいるのを見たから。小さい時から老舗を守るよう育てられた方とは心構えから違うかもしれない。かつて「木ろう」のポマードは男性用化粧品に使われ、売れに売れていた。しかし私が入ったころはもう液体整髪料などに代わっていて、「昔は良かった」と会社全体が後ろ向きになっていた。そこから情報産業参入への転換があった。今や世界企業になっているキヤノンなど情報産業各社が米国などの強大な企業に負けてたまるかと頑張っていた。当社が持ち込んだ「ろう」に興味を持ってもらい、新しいトナー用の原料として使われるようになった。考えるに長寿企業は酒や味噌、しょうゆといった生物系のものを扱った企業が多い。当社のろうもそうだが、天然物は変動が激しく、不作で原料が集まらないといった事態が毎年のように起きる。しかし何十億回も生まれ変わるような天然物の強さと、人間の思いとが重なったときに、長寿の製品や会社というものが生まれるのではと感じている。

★武藤 会社がつぶれそうな危機は空襲であったり伊勢湾台風であったり何度もあった。たたかれてもはい上がってきたのは、NOと言わずにやる姿勢が基本にあったから。また「自分はこれを作りたい」「この社長が嫌だ」と自由に言える会社でもある。冷蔵庫やかつては電気自動車などいろいろなことに挑戦してきたが、正直に言って大ヒットというより、次に何をしようか常に考え続けている。

★佐久間 いかに需要があるかということが肝心だ。品物であれサービスであれ需要があってお客さまが喜んでいただければこそ続いていく。それにはイノベーションをどこかで必ずやらなければならない。そこで当社は試作を常に繰り返し、ノウハウも蓄積している。

★久保田 中小企業の経営革新を研究しているが、社長自らが先頭に立って発案、課題解決、販路開拓までやるリーダーシップが重要と考える。

★佐久間 いろいろな厳しい局面を迎えた時にどういう力が発揮できるかだが、人とのご縁によってすべてのピンチを乗り越えることができた。良い意味で助けを得られるというのは、お客さまに信頼を得られる会社であったためと信じて疑わない。

★武藤 いろいろな製品を作っており、大きくみて業種が16、DNAも16あると考えている。それぞれの分野で技術のトップ、経営のトップ、モノづくりのトップといった人材を育てることが一番大きな問題だ。

★野田 今の時代は大きな転換期に来ている。真心であるとか目に見えない部分が自分たちを動かす原動力になってきているということを、今日の話を通じて改めて感じた。若い人たちの心も動かして日本の中でモノづくりをやっていく。そうした目に見えないものを大切にして企業を継続していくのには勇気も必要だと思う。社員にも「勇気を持とう」と話している。
(敬称略)

主催者あいさつ

顧客・従業員・地域社会大切に 100年経営の会 会長(元経済産業事務次官)北畑 隆生氏
 
100年経営の会 会長(元経済産業事務次官) 北畑 隆生氏

 2011年3月の東日本大震災で日本国中が打ちひしがれ、とりわけ経済界の方々は自信を失った。しかし、日本には優れた企業がたくさんあり、長寿企業に繁栄の秘訣(ひけつ)、危機克服の秘訣を聞こうと考えたのが当会の始まりだ。企業が100年も持続して今なお存続しているということは、その間、昭和の恐慌、金融危機、終戦、石油ショック、プラザ合意、バブル崩壊と、東日本大震災を超えるような危機をすべて乗り越えているはずだからだ。

 11年夏に東京で開いたシンポジウムでは天坊昭彦出光興産会長(当時)から「会社の資本は従業員、人である」と、茂木友三郎キッコーマン名誉会長には「会社にとって重要なのは顧客である」とうかがい、佐藤廣士神戸製鋼所社長は阪神大震災から地元の支援を受けて復活した話をしていただいた。思うに顧客、従業員、地域社会を大切にするのが、100年続く会社の一つの特色だ。また、同じビジネスモデルだけでは続かないのではないか。30年に1回、1世代に1回は大きな革新を行い新たなチャレンジをしないといけない。

 鈴木知事からは「不易流行」という言葉をいただいた。知事は通産省入省時から構想力、行動力、人間的魅力を持っておられると私は感じていた。三重県でも実力を発揮している。この三重県で開くシンポジウムを出発点に、日本でどんどん長寿企業が増えていくことを期待する。


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