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100年企業に学ぶ日本の誇り・大分の誇り--長寿企業新たな挑戦
大分県で地域フォーラム 100年経営の会・モノづくり日本会議・日刊工業新聞社 主催

  会場の様子
100年経営の会、モノづくり日本会議、日刊工業新聞社が主催する地域フォーラム「100年企業に学ぶ 日本の誇り・大分の誇り」が3月27日、大分県臼杵市内で開催された。大分県、臼杵市、大分銀行、大分合同新聞社が後援。臼杵をはじめとする大分県内には創業100年を超える長寿企業が多数活躍している。各社の歴史の転換点や経営理念などを大いに語り合い、永続的発展を目指すための企業経営のあり方を再発見しようというのが今回の狙い。会場には250人が訪れ盛況。また同時に、モノづくり日本会議が主催し、大分県内各地の企業が自社のプレゼンテーションを行って県内外の企業とコミュニケーションを図る交流会も開催され、各社が大分の産業界の底力をアピールした。

ごあいさつ

 
大分県知事  広瀬勝貞氏
日本的経営の知恵の塊  大分県知事 広瀬勝貞氏

 100年以上続いている経営体というのが、世界の中で半分以上、つまり2万5000社が日本にあるという。そういう意味では、100年企業の経営というのは、やはり日本的な経営のエッセンスが詰め込まれたものだとしみじみ思っている。

 100年間、お客さまを逃がさずにしっかりつないできたのだから、その財やサービスの提供において、非常にハードなコアがあったのだと感じる。お客さまのニーズに応えていきながら、経営と労働がうまく融合し、長期的な視点で内部留保を蓄えながら経営をしてきた企業に違いない。そして、こういう企業は地域との結びつきというのが大変濃いのではないか。

 いい時は地域にしっかりと還元をして、いったん厳しくなるとやはり地域の人が企業を一生懸命応援するという関係が、100年存続するもとになっているのだろう。100年企業には、日本的な経営の非常にいいところが詰っているのではないかと感じる。

 大分県は人口も日本全体の1%だから、100年以上の歴史のある企業も250社くらいかと思っていたが、実に340ほどの企業がある。そういった意味では、日本的経営の知恵の塊が大分県にもしっかりとあるのではないかと思っている。


 
臼杵市長  中野五郎氏
守り・磨き・次の世代に  臼杵市長 中野五郎氏

 臼杵には1000年の時を超えて慈愛に満ちたまなざしを注ぎ続けてくれる国宝臼杵石仏がある。また450年前に、キリシタン大名大友宗麟が城を築いて以来の城下町がある。その城下町も単なる城下町ではなく、当時の町割りがそのまま残っているという意味でも大変価値があると私たちは思っている。先人が一生懸命つくって、残してくれたものをしっかり守り、磨きをかけて次の世代に渡していくということが、私たちの街づくりのコンセプトの一つでもある。臼杵市は人口4万2000人と大変小さな町だが、大正期以前に創業したいわゆる100年以上たっている老舗企業が、70社前後ある。人口の割にはたくさんの老舗企業が残っているのではないか。もちろん、経営者の血のにじみ出るような努力はもとよりだが、それにプラスアルファのものがあるのだろうと思っている。フォーラムを通じて、長寿企業の秘訣(ひけつ)というものを多角的に検討し、研究していく。臼杵市になぜそんなに老舗企業が残っているのかを、改めて検証したい。今はわれわれ基礎的自治体も非常に財政が厳しい状況だが、持続可能な自治体をどのようにつくっていくのかということが、大きな課題でもある。そういう意味では、自治体経営についても大いに示唆のあるヒントをいただけると思っている。


講演

明確な理念で堅実経営 100年経営の会 会長 北畑隆生氏
 
100年経営の会 会長 
北畑隆生氏

 100年経営の会が昨年発足し、会長に就任させていただいた。その会の第1回地域フォーラムを、ここ臼杵市で開催でき大変感謝している。大分県は、県庁や自治体が企業誘致に大変熱心に取り組み、日本の有名な企業の工場がたくさんある。一方で、100年、200年を超える歴史を誇る長寿企業がたくさんある県でもあり、大分県でも長寿企業の多い臼杵市で開催させていただいいた。なぜ、当会を発足させたかというと、例えば同じ株式会社についてみても、日本、欧州、米国とで異なるように、国家資本主義の中国、ロシア、さらに、アジアの発展途上国とでも、みな考え方が違うと思う。その中で日本の100年企業の誇りというものをもう一度、理論的に分析して、世界に誇れる理念として発信してみたいというのが、この会を発足させた趣旨だ。

 日本の多くの企業は、困難に直面しても頑張る。「企業というのは、従業員に雇用を保証し、お客さまに良いものを送り届け、社会に貢献する、そういうものが会社だ」というのが経営者の頭にあるから。そういう苦労を越えて存続してきたのだと思う。そこに、100年続く日本の企業のすばらしさがある。それを広めていきたい。理論的に解明して、世界に通用するものにしていきたい。

 100年を超える企業には、三つの特色がある。まず「明確な経営理念がある」ということ。会社にアイデンティティーがあるということで、長寿企業にはほとんどの会社で社是、あるいは創業の精神というのがある。社長以下従業員の新入生まで我が社の社是というものを守ろうとしている。2番目は「短期的な利益よりは、長期的な継続、持続的な会社の発展」というものが重要だと考えている企業が多いということ。ことわざに「会社と屏風(びょうぶ)は広げ過ぎると倒れる」というのがあるが、これを社是としている会社もある。むやみに事業を拡大しない、堅実な経営をして、もうけよりは、長期的な存続を目指すことを経営の基本に置いている会社が多い。3番目は、「伝統を守りながらでも、30年に1度、50年に1度は、経営の革新、改革をして存続をしてきている」こと。同じビジネスモデルでは30年で限界がくると言われるが、30年に1度は大改革を繰り返して、100年以上経営を続けているということだ。日本の企業の良さばかりを言うと、特殊性があるかと思うかもしれないが、実は米国などのエクセレントカンパニーにも日本的経営と共通項がある。この100年経営の会の理念をうまく整理すれば、日本から世界に誇るべき発信ができ、中国や韓国の人たちにも「こういう経営をすればどうか」ということが言えるのでは、と考えている。

知的資本が経営の基本 立命館副総長 100年経営の会顧問 モンテ・カセム氏
 
立命館副総長 
100年経営の会 顧問 
モンテ・カセム氏

 100年経営の会に顧問として携わり今日大分に戻ってきた。100年企業の考え方、思想などを軸に、われわれがどんなことを考えられるだろうか。私は日本に1972年に来て今年で40年になるが、来て間もなくびっくりしたのは、ある日本を代表する大企業の自己資本率が、恐らく12%くらいだったと思うが、2割未満と低かったこと。8割以上をほかのステークホルダーが持っていたわけだ。このような企業が四半期ごとステークホルダーに配当を配分するような姿勢では成り立たなかったはず。けれども、この40年間で価値観も環境も変わった。やはり米国主流の価値観に変わってきていると思う。そこにわれわれがどういう対応策を考えるかということだ。米国のビジネススクールの安っぽい物まねをするのではなく、もっと深刻に考えよう。そこが、この100年経営の会会員に期待していることだ。

 かつて小糸製作所が海外から買収をかけられた際に、会社はだれの所有物かという議論が日本にあった。やはり会社は社会資本だという結論だったはず。その価値観がなぜ今薄れているのかが私にはわからない。会社は社会資本だが、日本の長寿企業、100年企業の経営の基本は知的資本にあるという感じがする。これは知識資本と組織資本、関係資本で形成されている。

 東日本大震災では社会的弾力性と言って社会が打撃を受けても元に戻ったりする潜在的な力、これが数多くの東北の企業にあったと思う。ただ挽回したときに以前より良くならなければいけない。以前のままでもだめだ。そのためにはイノベーションが大事だ。リスクが高くて未知の世界に入っても、そこであきらめてはいけない。こうした精神を日本の長寿経営の企業は持っているはずだ。そこで人間がどんな心を持つかということが最後に大事になる。すばらしい技術とともに、人の痛み、人を喜ばせる心を持つことが大切だ。これらは日本だけでなく、数多くの伝統的な社会にはあるものだと考える。それを再び価値観の中心において教育を進めていきたい。

 100年企業には日本の科学技術力を活用して、世界をみて経済的に恵まれていない、人口の多い社会層を新しい市場としていってもらいたい。国内のきれいごとだけで終わらず、アジアをはじめとする新しい市場を見つめなければならない。それをやる際に必要なことは、人や考え方を排除しないで受け入れるという心。これは大友宗麟の心だ。だから今日大分に集まった意義がある。立命館アジア太平洋大学は大分に受け入れられて成長させてもらった。人を受け入れて地域の一員にしていくという力は大切だ。地球規模の課題の解決にしても学問領域、国籍、性別を問わず無限の可能性を考える。日本の100年企業にはそういう未来へのチャレンジが求められている。

 私としては100年企業のみなさんに、企業が誕生した風土や、精神、今日までどう歩んできたかを聞いて、記録したい。そこから未来への挑戦が見えてきたらと考え、企画を始めている。


パネルディスカッション

「長寿経営を育む企業家精神」

 講演に引き続き、パネルディスカッション「長寿経営を育む企業家精神」を行った。100年以上の歴史を持つ大分県内外の企業トップが議論を交わした。ディスカッションに先立ち、各企業が自社の歴史を紹介。昭和鉄工山本駿一社長(100年経営の会理事)、工業用ロウで江戸時代からの歴史を持つセラリカNODA(神奈川県愛甲町)野田泰三社長(同理事)、地元臼杵で150年しょうゆを造り続けているフンドーキン醤油小手川強二社長、湯の花で知られるみょうばん湯の里(大分県別府市)飯倉里美社長が登壇した。

 
山本氏

 このうち日程上紹介だけに参加した山本昭和鉄工社長は1883年の創業からの歴史を概観。ラジエーターなどによる熱処理技術に始まり、1950年代からの空調技術・素形材加工(鋳造技術)、80年代からの環境機器(水処理技術)、90年代からのサーモデバイスなど新たな挑戦と事業拡大を紹介した。また、「誠実を造り、誠実を売る」と社是を披露した。「技術とモノづくりによって、豊かな未来の創造に挑戦していくことが使命」と語った。

  パネルディスカッション全体
◆パネルディスカッション登壇者
 フンドーキン醤油社長 小手川 強二氏
 みょうばん湯の里社長 飯倉 里美氏 
 セラリカNODA社長 野田 泰三氏 
 立命館副総長 モンテ・カセム氏 
◆モデレーター
 福岡地域戦略推進協議会事務局長 後藤 太一氏 

小手川氏 飯倉氏 野田氏 カセム氏 後藤氏
ディスカッション ~誠実を造り・売る~ 経営への思い~ 悩んでも迷わず~ 人材と技術が含み資産

★後藤 私自身は福岡で地域活性化の仕事をしていて、九州全体を見据えたプロジェクトから、それを支える地域の仕組みづくりに取り組んでいる。今日は3人の社長の皆さまに、体験・考えを披露いただき、カセム先生にその理論化・普遍化を試みてもらい、私は進行係を務める。まず各社に長寿企業として危機を乗り越えたエピソードをお話しいただく。

★小手川 消費者に直接商売をしており、昭和40年代にヒット商品を生んだが、そこまでが大変苦しい道のりだった。お客さん目線で商売を続けたということだと思う。私どもは後発で、マーケットに入れなくてやむを得ず、工場でつくったものを直販しどうにかこうにか販路を広げていった。当時の人は非常に苦労した。信用力がなかったので、地元の有力問屋が商品を扱ってくれなかったわけだが、ちょうどスーパーマーケットが昭和30年代後半から出てきた。当時有力メーカーはなかなかスーパーマーケットに商品を卸せなかったが、直販ルートでやってきたうちはスーパーマーケットと真っ先に手を組み、九州一円でヒットした。グラウンドを競争していて一番ビリを走っていたけど、ある意味ルールが変わって、反対回りになったということ。それで一気に九州のトップメーカーになった。

★飯倉 2、3年ほど前、500点を超える江戸時代の借用書が出てきた。読むと、数々の天災や飢饉(ききん)から仕事をなくしたり、休業したりしたときに、祖先が土地や家の物を切り売りしながら、湯の花の職人に生活費や土地を貸し出して、製造し続けた苦労がわかった。長寿企業は、土台の上に成り立っていて、土台から大きくはずれていない。私どもが湯の花からいきなり不動産業にいくということはまずない。湯の花をまじめに、誠実につくりながら、その湯の花をどう活用していくかという考え方が、私自身、祖先のDNAが埋め込まれているのか、と感じる。まじめに続けたことが280年という歴史になった。

★野田 自分の中で最も大きな危機だったのが、大学2年の春に、父が亡くなり、母が継ぐことになったときのこと。当時台湾工場の話を進めていたが、周囲はだれもが撤退しろという意見だった。しかし、父の魂がそこにあるのではないかと現地で感じ、とにかくやろうと決めた。私も会社に入った。何の経済的合理性もなかったと思う。やはり思いというか、とにかくやっていこうということだった。結果として危機を乗り越えられた。

★後藤 グローバル化というか、ボーダーを越えた地球規模の課題解決についてどう思われますか。また、各社にとっての経営上の直近の課題は。

★飯倉 震災の影響はあるが韓国・中国のお客さまがとても多い。なぜここに来たかと問うと、ここでメードインジャパンの本当の文化に接することができたと言われ、うれしかった。私が16代目の当主ですと言わせていただくと、大きく拍手喝采が起きるので、それは国を越えてわかってもらえることだと感じた。常々思っているが、たくさん悩んでも迷うことはしないということを、信念に掲げている。進路を誤っても、元に戻せばいい。あとは会社に対する情熱があるかないかだけだ。

★野田 自分のやっている仕事が非常に歴史があっても、若い自分にとってみると、何か本当に意味があるかどうかがなかなかつかめない時期があった。80年代にジェトロのアンケートなどを通じ、ロウを日本が輸入してほしいという希望が世界中からあるのを知った。熱帯など貧しい地域の人たちのためになっていることに気づき、自分が仕事をしていることは、先祖が宝物を残してくれたんじゃないかとやっとわかった。

★小手川 次の課題というか、社長という職になり27年になるが、引き継いだ自分が何をすればいいか一生懸命考えた結果は、次の代に引き継げばいいんだ、バトンタッチすればいいんだということ。そのときに今の会社をそのまま引き継ぐのであれば、自分の存在価値はないので、少し内容を変えて渡さなければいかんなと。まず少なくとも、純資産を増やすこと。そのためには利益を出さなければいかんと考えた。そこそこ利益が出てきたが、それでいいのかなと。伝統的な企業はお金で測れない含み資産があるのでは、と考えた。いかに含みを増やすか。それは人の力であり、技術の力であり、商品開発力であり、そこに力を入れることが企業の価値を高めることだと。私が入社した当時のしょうゆ業界は各社がにらみ合っていて、お互いになれ合いというか、あまり金を使わないで、穏便にやって生きていこうということだった。しかし、メーカーだから商品開発が一番大事だ。それがメーカーの生きる命で、企業価値を高める含みを増やすことにつながり、次の代に引き継いでいく大事なものではないかと考えた。今後の課題は、そうやって新たな、柱となる商品をつくること。そしてマーケットを海外まで展開していくかは、次の代だろうか。私の代にある程度布石を打っておかなければいけないのか、悩むところだ。

★カセム すべての100年企業に言えるかどうかは別だが、ここにいる3人の方は、ある意味で自分のメーン商品が非常に厳しい環境に関係する商品だ。例えば硫黄温泉は世の中ではすごく厳しい環境。そこが今、生命の誕生の秘訣を持っているバクテリアみたいなものが硫黄温泉にあるのではないかと言われる。そこから商品を生み出したのが飯倉さんのところ。野田さんのところも、ロウは基本的には厳しい環境の植物の対応策。そこを生業化とするという鋭さがある。フンドーキンさんにしても菌を活用している。ある意味で世の中の一番厳しい環境の象徴的なものから自分の生業を生み出した3社だと思う。そこに、何か共通する特別な視点が、あるのではないか。
 人について言えば、人を裏切れないとか、自分の後世代に先祖が頑張ってきたものをもっと強くして渡したいという気持ちを感じた。人に投資をすることは最近世の中で忘れられがちになっているが、3社から出た一番の教訓ではないかと思う。

★小手川 長寿企業各社の話を伺うと、これだけ長くやられているのは、ノウハウに加えて、働いている社員のモチベーションが素晴らしいと感じた。

★野田 今の時代はとにかく難しい時代だ。会社を継続していくというのは非常に厳しい。自分たちがやっていることによほど思いがこもらないとならないだろう。ただ、それができればもう少し伸びていく可能性があると思う。

★飯倉 私たちは目先だけの小手先の仕事をしようというのではなくて、歴史の重みを感じながら、次の世代にどうやってつなげていくかを考えながら、仕事をしている。最終的には、すべて人間性に尽きる。欲だけでは会社は長く続けられない。それは父や母や先祖からの教えだ。

★カセム 皆さん歴史の重みを感じながらさりげなくやっているという感じがする。暗くなっていない。そのさりげなさが、余裕があるということ。その余裕が含み資産に表れる。その含み資産として、知的資産を蓄えてきた企業たちが100年企業だと思う。私も、一生懸命真面目に考えていても、本当はふざけているところもある。ふざけないと新しい発想が出てこない。けらけら笑ったり、ばかげたことを言ったりするところから、新しいことが生まれてくるはずだ。

★後藤 私は地域活性化の仕事をやっているが、まさに産官学一緒にやるという場面に立ち会わせていただいた。

内外に普及 日刊工業新聞社社長 井水治博
 
井水治博氏

 今回この臼杵市で盛大なキックオフができましたことを有意義なことと考えます。大分県の皆さま、臼杵市の皆さまに感謝いたします。私どもが事務局を務めます100年経営の会は今後も長寿企業の経営手法などを研究し、日刊工業新聞紙面等を通じて情報発信するなどして、国内外に普及させてまいります。また全国各地シンポジウムなど活動を展開していきますが、今回こうしたフォーラムを開いたことを原点として守りながら発展させてまいります。



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