「不変と革新」

本多機工

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世界でニッチトップ目指す

若手技術者の能力向上と技術の平準化を進める(左が龍造寺社長)

相次ぐ訃報

プロセスポンプなど産業用特殊ポンプメーカーの本多機工(福岡県嘉麻市、龍造寺健介社長、0948 42 3111)は、今年創立65年を迎えた。創業者の故本多初義氏が1951年に福岡市でポンプ製造を始めて以来、長く産業界を支えている。創業当初は海外製をまねて製造していたが、67年にステンレス、70年にラテックスと特徴あるポンプを相次ぎ発売。国内だけでなく海外でも評価されるようになる。オイルショックの影響で一時期低迷するが、業容は順調に拡大を続けた。
 
初義氏が他界した89年に弟の故本多賢二氏が社長、故本多英夫氏が会長に就任した。ところが2人とも97年に病で亡くなるという不幸に見舞われた。急きょ九州工場長の福島敏夫氏が社長に就いたが、社業を安定させるためには身内からの声が根強く、初義氏の娘婿の龍造寺氏に白羽の矢が立った。
 
製品は高品質で、財務基盤も安定している。トップさえ落ち着けば、会社は伸びると見た龍造寺社長は社内改革に取り組んだ。特に意識したのが部門間の壁の解消とグローバル化だ。
 
すでにステンレスポンプメーカーとして内外で有名だったが、販売は商社任せ。サービスやコスト意識は低く、製造現場で不良品が発生しても、その不良品を放置したまま次の商品を作り出すという旧態然とした現場だった。
 
職人の力が強く、技能伝承も行われていない現場に危機感を抱いた龍造寺社長は「職人が辞めたらどうするのか。もうあの製品は作れないと顧客に言えるのか」と説いた。若手技術者の能力向上と技術の平準化を進め、1人が欠けても製造作業が滞らない体制を構築した。

進む国際化

製品は全量受注生産。各国の規格に合わせた手作りのため、月産300台が限界。それだけに製造には万全の状態が求められる。顧客は安価で短納期な製品に乗り換えるケースも多いが、アジアで出回る模倣品は数年で故障する。「結局は当社製品でなければと戻ってきてくれる」と、品質には絶対の自信を持つ。
 
もう一つの特徴がグローバル化だ。四半世紀を海外で過ごした経験がある龍造寺社長にとって、海外の顧客に対応できない営業は論外と映った。製品は60カ国以上に輸出され、海外販売比率も50%を超える同社のグローバル化も不可避と言えた。
 
現在は10人ほどの外国人社員が在籍し、近い将来母国での起業を志向している。すでに数人は独立済みだ。また米国やドイツなど同業5社と販売・技術提携しているほか、多くの代理店やサービス会社とも連携して各国のニーズに合った製品を供給している。

◆100年企業目指す
龍造寺社長は「グローバル化は進めるが、市場はどんどん動いているため現地法人を作る気はない」と話す。ただ業容拡大には海外、特にアジア市場を強化する方針に変わりはない。技術ノウハウの継承と、アジアのポンプメーカーのリーダーとしてイノベーションに挑戦する」ことで、100年企業を目指す。

100年企業目指す

龍造寺社長は「グローバル化は進めるが、市場はどんどん動いているため現地法人を作る気はない」と話す。ただ業容拡大には海外、特にアジア市場を強化する方針に変わりはない。技術ノウハウの継承と、アジアのポンプメーカーのリーダーとしてイノベーションに挑戦する」ことで、100年企業を目指す。

企業概要

「ポンプはあらゆる産業の心臓だ」。龍造寺社長は日ごろからこう力説する。渦巻きやラテックスエマルジョンといった液体ポンプに強く、その詰まらないポンプは成長著しいアジア各国で信頼されている。社是は「誠実・努力・脱皮」。モノづくりに真摯(しんし)に向き合い、飛躍することでグローバルニッチトップを目指そうと全社一丸となっている。13年8月期売上高は約24億円。売上高30億円を目標に、メード・イン・ジャパンの高品質製品を愚直に作り続ける。


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