「不変と革新」

兼松

今も息づく"開拓者精神"

1911年に神戸市に建設した「日濠館」

創業125年

2014年に創業125年を迎えた兼松。豪州産羊毛取引を祖業とし、それ以来、電機や自動車など多様な分野へ事業領域を拡大。創業者である兼松房治郎氏の開拓者精神と積極的な創意工夫の信念を脈々と受け継ぎつつ、老舗商社として歩みを進めてきた。
 
「当社には世の中の新しいことに挑戦する創業者のDNAが存在する」。下嶋政幸社長は、房治郎氏の思想が企業風土として染みついていることを強調する。
 
元銀行員で事業家としても著名だった房治郎氏は日豪貿易の有望性を確信していたものの、当時の貿易業務は外国人商人によって掌握されていた。そこで、日本人による直接貿易を実現するという信念の下、1889年に神戸市に「豪州貿易兼松房治郎商店(現兼松)」を設立した。
 
「わが国の福利を増進するの分子を播種栽培す」を趣旨とし、決してもうけ主義に走らずに仕事に対する誠実さや顧客への敬意を重視し、顧客獲得と業務拡大に邁進(まいしん)した。また1911年には神戸市に、当時としては豪華な石造りの本店ビル「日濠(にちごう)館」を建設した。
 
現在の企業理念に含まれる信条を制定したのは繊維商社の江商と合併した67年。「伝統的開拓者精神と積極的創意工夫をもって業務にあたり、適正利潤を確保し、企業の発展を図る」など、"新生兼松"として三つの信条を作り、創業主意と合わせる形で企業理念としている。

先見の明を養う

房治郎氏の開拓者精神を受け継ぎビジネスを拡大してきたことで、社内には先見の明を養う風土が定着している。下嶋社長は「いろいろなチャレンジをさせる風潮があり、新しいビジネスを見つけるのが非常に早い」と、自社が培ってきた事業創出力に胸を張る。

例えば電子分野では、60年代後半に米国から日本への半導体輸入業務を日本企業としていち早く手がけており、草分け的存在だ。そのほか、欧州の有名スポーツブランドの取り扱いや海外自動車メーカー向け日系自動車部品の販売仲介を始めるなど、常に時代の先を読むことで果敢に新規事業に挑戦してきた。

総合商社化

総合商社化への歩みを加速する中で大きな困難にもぶつかった。90年代後半に起きた経営危機だ。バブル崩壊やアジア景気低迷の影響で業績不振に陥り、99年3月期に有利子負債が7910億円まで膨らんだことで、財政再建に向けた方向転換を迫られた。
 
不採算事業からの撤退や合理化を徹底的に進めたほか、取引先からの支援も得たことで、当初3カ年の構造改革計画を1年前倒しで達成。当時、経営企画室で改革推進に携わった下嶋社長は「(仕事への誠実さや顧客重視といった)創業者のDNAが高い信頼を得ていたことでサポートいただけた」と振り返る。
 
14年3月期には15期ぶりの復配を実現。さらに14年4月には19年までの中期ビジョンも策定し、収益基盤を一層拡大する方針。今後も「当社の技術革新」(下嶋社長)と位置づける創意工夫を凝らしつつ、新規事業の開拓に挑戦し続ける兼松の姿が見られそうだ。

企業概要

兼松房治郎氏が、天然資源に恵まれた豪州との貿易会社として1889年に神戸市で創業した。昭和期に入ると販路拡大に乗りだし、現在はアジア・中東、オセアニア、欧米とグローバルな販売網を構築。電子機器・材料やITサービスをはじめ、食料や鉄鋼、自動車・航空機部品などの事業を手がける。19年までの5カ年中期ビジョンでは「健全な財務体質の維持」と「収益基盤の拡大」を掲げ、当期純利益150億円(14年3月期は117億円)、自己資本1000億円以上(同716億円)を目指す。


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