「不変と革新」

キトー

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価値提供、信頼・評価得る

1940年に中野島工場で本格生産を始めたころのチェーンブロック

小さな町工場

キトーは1932年に陸軍研究所の技術者だった現社長の祖父、鬼頭美代志氏が東京・大森に小さな町工場を興し、数年後にチェーンブロックを試作したのが始まり。その後、チェーンブロックの専門工場として、中野島工場(川崎市多摩区)が39年に完成。日本で初めてドイツから輸入した自動鎖曲げ機と溶接機でチェーンブロックに使うチェーンを自社生産するなど創業当初のモノづくりへのこだわりは途切れることはなかった。日本の高度成長期とともに業績を拡大。83年に本社工場を現在の山梨県中巨摩郡に移転し、バブル期にピークを迎えた。
 
しかし、90年代に入ると国内市場が急激に冷え込んでいった。それまで設備投資を含め積極経営を展開してきたため、有利子負債を抱えたまま不遇の時代に突入。現社長の鬼頭芳雄氏は「最も苦しかった時代」と振り返る。その半面、コア市場としての海外には成長の種があり、勝算があるとみていた。ただ、2000年前後から金融庁の銀行への引き締めが厳しくなり、成長資金を得るのは難しくなっていく。「このままでは企業を成長軌道に乗せていくことができない」(芳雄氏)というジレンマを抱えた。

大きな決断

大きな決断をする。03年に米系投資ファンドのカーライル・グループ主導の経営者による企業買収(MBO)と上場廃止を受け入れ会社を作り直すことにした。不採算事業の売却や、米国をはじめ、中国、ドイツ、タイなどに成長マネーを相次ぎ投下し、業務を拡大していった。カーライルの傘下に入ったことで「典型的な伝統産業のオーナー系企業だったが、客観的な視点が入った」(同)と企業風土の変化を実感する。07年に新生キトーとして東証一部に再上場を果たした。
 
急激な時代の変化に対応しながらも、変わらない経営理念がある。芳雄氏は「顧客のために経営をしており、その結果として対価がついてくるという価値観。求める価値は顧客に評価されることであり、その軸足は変えていない。単年度のリターンを第一に経営しているのではなく、常に企業の永続性を追求しなければならない」と語る。
 
カーライルとのMBOがグローバル企業への脱皮を後押しし、成長の原動力となった。国内シェアでトップを維持し、海外でも存在感を高めている。今や売上高の7割強が海外だ。成功している理由は現地の人材にマネジメントを委ねていること。もう一つがその国の文化や商流を理解した現地のリーダーに理念を共有してもらい、現地の市場に即したビジネスの推進だ。最近では、米国最大級のチェーン製造会社を傘下に収め、さらなる成長を見込む。

ナンバーワン

「真のグローバルNO.1ホイスト(巻上機)メーカー」になるというビジョンを掲げる。現行の中期経営計画では最終年度の16年3月期に連結売上高を14年3月期比4割増の580億円に引き上げる計画で、将来は1000億円企業を目指す。「『真』というのは売り上げ規模の拡大だけではなく、顧客に価値を提供し、信頼と評価をいただける企業であり続けることだ」と力を込める。

企業概要

1932年に東京・大森に創業しチェーンブロックなどの製造を開始。70年に「キトー」に商号を変更。現在の従業員は連結で2094人。14年3月期の連結売上高は418億円。重量物を運搬するホイストと構造物のクレーンなど。製品の基本原理は創業当時と大きく変わらないという。チェーンブロックやレバーブロックなどの国内シェアは6割超でトップ。海外10カ国に子会社社を保有し、グローバル企業になりつつある。地域別の売上高比率は日本が28%、米州が31%、中国が21%で、3地域で全体の8割を占める。


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