「不変と革新」

宮本工業

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"技術追求"強くこだわる

栃木県塩谷町の船生工場で「世界に通用する製品」づくりにまい進する

インパクト成形

宮本工業はアルミニウムなどの冷間・温間鍛造や、文具向けアルミ缶、絵の具チューブなどのインパクト成形を手がける。4年後の2018年が創業100周年で、「その頃には中国・大連以外にも海外拠点を設け、それぞれの場所で節目を盛大に祝うことができたら理想」と4代目の宮本尚明社長は構想を膨らませる。
 
経営の基本理念に掲げているのは「お客様を大切に」「社員を大切に」「地域社会を大切に」「技術を大切に」「株主を大切に」の5項目。この中でも創業から強くこだわってきたのが技術を追求する精神だ。
 
太平洋戦争前の1936年から担当者をドイツに派遣し、当時の先端技術を学ばせ、自社に導入してきた。53年には東京大学工学部の協力を得て、真ちゅう鋼鉄の冷間衝撃押出に成功するなど、技術力を磨き上げるため、常に先進的な取り組みをしてきた。
 
基本精神を貫き通しながら、現在は「モノづくりは日本が今後も守り続けていかなければならない分野。そのためには1社ではなく、他社や大学、公共機関とのネットワークで勝負する」(宮本社長)との新たなスタンスも打ち出した。戦略的基盤技術高度化支援事業に採択され、異種材料の複合化に取り組んでいる。鍛造を宮本工業、複合化を日光金属(栃木県矢板市)、評価を岩手大学が手がける。「ネットワークで勝負する」姿勢はグローバル戦略に関しても同じ。協力してくれる現地のパートナー企業を増やしていく」考えだ。

地域への思い

技術に対するのと同様に、地域社会への思いも強い。戦時中、軍の命令で東京から工場を疎開し、1945年に栃木県塩谷町で船生工場の操業を始めた。「その頃、周辺にほかの企業がなかった」こともあり、地域の雇用は同社が担った。親子2代続けて入社した例もある。宮本社長が船生地区を歩くと「昔、宮本工業の社員だった」「親戚が働いていた」と声を掛けられ、自社が地域に根ざしていることを実感するという。「海外展開を目指しているとはいえ、当社はあくまで日本の企業。船生で世界に通用する製品を作っていく」と強調する。

次のステップ

次のステップに向け、社員教育にも力入れる。「40代までの社員を海外に出していく。海外に出れば『技術担当』『購買担当』ではなく、宮本工業の社員として周囲に接する必要がある。見よう見まねでも良いから、さまざまな仕事をこなせる社員を育てたい」との考えだ。技術や営業、購買といった部署の壁を取り払うため、事務所棟のしきりを無くす取り組みも進めている。「風通しのよい環境をつくり、活気ある職場にしたい」と意気込む。
 
2年前には「伝統は革新」というスローガンを掲げた。宮本社長は「歴史を続けていくためには『守るべき部分』と『守ってはいけない部分』を見極め、常に挑戦を続けていく必要がある。栃木県は保守的な土地柄だが、変化に対応していかなければ先に進むことはできない」とスローガンの狙いを語る。

企業概要

1918年(大7) に宮本二七郎氏が東京・駒込で創業。金属押し出しチューブなどの容器の製造を始めた。45年に栃木県塩谷町に工場を疎開。冷間・温間鍛造品やインパクト成形品の製造、鍛造金型の設計製作などを手がけている。71年には拘束剪断機の開発で日刊工業新聞社十大新製品賞、06年にはアルミニウムの冷間鍛造技術の開発とその工業化で最優秀鍛造技術者賞を受賞した。本社は東京都千代田区。


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