「不変と革新」

中川特殊鋼

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変わらぬ「現地現物」精神

現在の本社ビル「中川築地ビル」(東京都中央区)の竣工と、創業50周年を記念してパーティーを開催(1974年)

鉄鋼専門商社

中川特殊鋼(東京都中央区)が東京・築地で産声を上げたのは1924年(大13)。それから90年間、鉄鋼専門商社としてこの地に根を下ろしている。52年に日本鋼管(現JFEスチール)の指定商社になり業界での地位を確立。今や米国や中国、タイなどに海外拠点を持つグローバル企業に成長した。
 
経営は変化し続けているが、一貫して変わらないのが「現地現物」の精神だ。中川陽一郎社長は「特殊鋼製造、自動車、電機メーカーなどの顧客に必要と思われるには、相手の工場に行き、現物に触れ、話を聞く本当のニーズを把握する作業が大切だ。汗をかくことをいとわない風土がある」という。
 
中川社長自身も73年の入社時から肌で感じてきた。「若手だった時代に先輩と営業に行くと、どういうニーズがあるか徹底的に探っていた。『最適な製品を最適なサービスで届ける』という"中川魂"を教わった」と振り返る。
 
93年に3代目の社長に就任。現地現物の精神を浸透するため、価値創造を意味する「Creating Value For Industry」をスローガンに掲げた。時代の変化に即応できるよう、常に顧客ニーズの一歩先を考えて行動するとの思いを込めた。

提案する姿勢

中川社長は「当社は単なる物資調達コーディネーターではない。二次加工メーカーと協力して、自動車メーカーなどが求める製品を提案する姿勢を持ち続けることを従業員に徹底させる」という。
 
直接、顧客のニーズに触れる現地現物の精神は多角化にも導いた。80年代後半に東京・品川区の天王洲地区再開発が計画された。同地区に鉄鋼倉庫を所有していたため、都市開発プランの策定に参画。94年に所有地に店舗や事務所が入居する地上階地下2階の高層ビル「天王洲セントラルタワー」を建設し、不動産・都市開発事業に参入した。
 
中川社長は「事業の選択と集中という意味では専門の会社に委託したほうが良いとも考えた。だが当社のモットーは、お客さまのニーズを肌で触れて直接理解すること。それには自社で手がけるのがベストだと判断した」と理由を語る。

海外で挑戦

挑戦は国内だけではない。社長就任後、海外展開を積極化。96年にタイに営業拠点を開設したのを皮切りに、03年に米国、05年に中国・上海、10年にベトナム、11年にインドネシアなどと矢継ぎ早に進出した。現在の海外拠点は開設準備中を含めて7拠点ある。
 
スピード感をもって事業拡大できた背景には、同族企業の強みもある。中川社長は「長期的な視点で経営判断できる」、とし「海外進出は先行投資の意味合いがある。短期的に結果を求めると、なかなか前に進めない」とも言う。

2024年に創業100周年を迎える。中川社長は「掲げたスローガンを磨き上げ、ステークホルダーから価値がある企業と思われる企業が理想」と未来を見据える。

企業概要

1924年に特殊鋼の輸入販売を目的に「中川秀太郎商店」を設立。創業60周年の84年に「中川特殊鋼」に改称。現在の従業員数は150人。14年3月期は売上高500億円。鉄鋼事業を中核に、倉庫ロジスティック事業や不動産・都市開発事業のほか、先端素材の情報収集などを担当するアドバンスト・プロダクト事業も展開。有望な企業を発掘するため、ベンチャー企業の支援やマサチューセッツ工科大学(MIT)が主催するビジネスコンテストの審査も手がける。


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