「不変と革新」

ポーライト

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"次に乗る波"慎重に選択

創業期の与野工場の前で(左端が菊池辰之介氏、右から2人目が現会長の菊池勇氏)

波乗りと仕事

ポーライトの菊池眞紀(まさのり)社長は子どものころ、茨城県内の浜辺で父の菊池辰之介氏から教わった波乗りを忘れない。「次のその次にくる、あの波に乗るぞ」。洗濯板を使ってさっそうと波に乗り、手本を示す父の腕前は確かだった。小さい波に乗っても岸までたどり着けない。大きすぎる波を選ぶと体ごと飲み込まれる。父は何度も言った。「慎重に、慎重に、次に乗る波を選べ」。眞紀社長には波乗りと現在の仕事が重なる。「波を選ぶ眼力(めぢから)はビジネスの判断基準に通じる」。
 
同社は粉末冶金製品のリーディングカンパニー。その製品は現在、自動車部品、OA機器、情報AV機器などあらゆる製品の部品として広く使われ、世界中に供給されている。製品の生産個数はグループ全体で軸受だけでも年間60億個を超えるという。
 
粉末冶金製品メーカー、東京オイレスメタル工業として1952年に埼玉県与野町(現さいたま市)で産声をあげた。「我社は誠意と技術を以(も)って本分とする。依(よ)って全員その自尊心を有することを誇りとすべし。辰之介氏が創業間もないころに掲げた社訓だ。「小さな失敗をおそれるな」「お客さまに『ノー』と言うな」。辰之介氏の数々の口ぐせも社訓に凝縮されている。現在のポーライトに受け継がれる"文化"の根幹をなすのがこの社訓といえる。

やったろう精神

いまも色濃く残る"文化"の一つに「やったろうじゃないか精神」がある。眞紀社長は仏教用語を基にした造語「鈍(どん)・根(こん)・運(うん)」でこの精神を説明する。「『バカだと言われても、根気よくやらない人に運が回ってくるものか』という意味。やらない人に『けがの功名』はない」という考え方だ。
 
眞紀社長自身は社長就任の03年以降、この精神を体現した。海外畑が長い眞紀社長は時代の波を肌で感じていた。「これからは自動車関連の部品にかじを切る」と明言し、00年代半ば以降、自動車関連部品の仕事を積極的に開拓した。一方、主力としていた軸受の仕事も「(技術力を要する)『超』のつくものでなければメシを食えない」とし、高付加価値・高精度へ社内での位置づけを変えた。「軸受をベースに自動車へ」の方針に社内の反発もあったが「やったろうじゃないか精神」を貫いた。"次に乗る波"に自動車関連部品を選んだ戦略は功を奏し、事業比率が高まり続けて現在に至る。

創業者の思い

創業時、カリスマ性の高い辰之介氏の思いが社員一人ひとりに直接伝わる環境だったという。社訓はいまも全事業所の各部署に貼られ、全社員が毎朝唱和している。ただ創業当初を知る者はもはや少ない。現在グループ全体で約3600人の社員は中国、台湾をはじめ外国人社員が7割を超える。その中に「創業者の思いを残したい」(眞紀社長)。そこで11年、社訓をベースに同社の価値観を定めた「ポーライトバリュー2011」をまとめた。社訓の言葉を咀嚼(そしゃく)し、解説を加えたこの冊子が同社の社員共通の行動指針になっている。

企業概要

ポーライトは粉末冶金製品メーカーとして焼結含油軸受の製造販売から出発し、現在は各種用途の焼結機械部品や金属粉末射出成形(MIM)部品の製造販売も手がける。小型モーター用軸受は世界トップシェア。ハイブリッド車のバッテリー冷却ファン用軸受や燃料電池部品などでも高い世界シェアを誇る。67年から他社に先がけて海外に展開しており、現在は台湾、シンガポール、マレーシア、中国、米国に生産拠点、香港、フランス、米国に営業拠点がある。


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