「不変と革新」

ホッピービバレッジ

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製品・人材 本物にこだわり

これからも最高級の人材、本物の原料、技術で製品を届け続ける…と石渡社長
焼酎を割るビール味の飲料「ホッピー」。1948年の発売から長く愛されている。製造元のホッピービバレッジ(東京都港区)は創業理念に「天然ものへのこだわり」を掲げる。石渡美奈社長も「ずっと、本物しか作らない」と経営の基本姿勢を変えていない。

ホッピーの礎

前身は1905年(明38)に赤坂に開いた餅菓子屋「石渡五郎吉商店」。石渡社長の祖父で創業者の秀氏が、ホッピーの生みの親だ。創業3年後にラムネ製造を開始。大正時代に流行していたノンアルコールビールの生産を依頼されたが、ホップを入手できず秀氏は「ホップがなくてはビールではない」と断った。その後事業化したきっかけは、長野県でのラムネ工場建設だ。ラムネは夏しか売れないため、暖房の効いた雪国ならば冬でも売れると考え長野県に進出。そこがホップ生産地だったため、あらためてノンアルコールビール製造を決意した。実弟に醸造試験所で学ばせ、ホッピーの礎を築いた。石渡社長は「本物の原料と技術で本物の製品を届ける姿勢を鮮明にした」と話す。
 
ホッピーは安価な焼酎がビール味になると発売当初からヒットし、ブームとなった。80年代にも1日約20万本を売る第2次ブームがあった。しかし、その後、販売が伸び悩んだ。低迷期の02年に石渡社長は、父で前社長の光一氏に「将来は任せる」と言われ、03年に副社長に就いた。

成長への羅針盤

再度成長軌道に乗せるため組織改革にも取り組んだが「作れば売れるとの考え方が抜けなかった。成長に向けた羅針盤を明文化する必要があった」と振り返る。
 
そこで経営計画書をつくり「すべてのお客様においしいホッピーを飲んでいただくために 私たちは 大切につくり 大切にはこび 大切にうります」と記した。今は、これを全社員が携帯している。石渡社長はこの考えを実現するため「最高級の人材づくり」との目標を掲げた。また、取引先から「いい製品を届けるには人柄のいい社員が必要。社員を育てるのは社長の仕事だから、自分の人柄を磨きなさい」と教わった。経営者としての目標にした。

成長の場

10年3月の創業100周年記念感謝の集い。「これこそ社員を育てる絶好の機会」と、取りまとめるゼネラルマネジャー(GM)に中堅社員を抜てき。社員が自発的に動ける組織づくりと、催しを全社員の成長の機会にすることをGMに指示し、組織立案とメンバー構成を任せた。

実際に、会場の帝国ホテルのサービスを見て一流のすごさを実感し、自社の接客マニュアルに反映した社員、来賓に振る舞うホッピーを使ったカクテルの試作を重ねた社員ら全社員が式典の成功に向け努力した。石渡社長はそうした姿を見て、式典が成長の場になったと感じたという。
 
石渡社長は「多くを学んでこそ、人柄が磨かれる。私も『社長となら一生学べるし、働ける』という期待に応えないといけない」と気を引き締める。製品だけでなく、経営者も社員も本物になることを目指している。

企業概要

ホッピーを中心とする焼酎用割り材のほか、「赤坂ビール」などの地ビール、サワーを手がける。事業所は本社(東京都港区)と工場(同調布市)のみ。むやみに事業拡大せず、関東地域を中心に顧客のすそ野を広げる方針だ。
 
06年に新卒採用を開始し、継続的に数人を採用している。現在、従業員は37人で、平均年齢は約30歳。石渡社長が社長就任を打診された低迷期の02年3月期は売上高8億円。14年3月期は同約37億円に成長している。


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