「不変と革新」

岡本硝子

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"光の時代"をリードする

千葉県柏市にある本社工場
岡本硝子は月初に開く終礼で社員が揃って行動指針やグループ目標などを唱和する。このうちの一つ「特殊ガラスと薄膜で光の時代をリードし、お客さまが感動する製品・サービスを提供し続けます」というのが現在の企業理念。3代目社長の岡本毅氏が就任直後の1996年に策定。三つの意味を込めたという。

生業にこだわる

「20世紀を電気の時代とするなら21世紀は光の時代。これを特殊ガラスと薄膜でリードする」というのが一つ。次に、「お客さまが感動するような製品や、VA・VE(価値分析・価値工学)提案やアフターサービスを含めて提供する」というのが二つ目。最後に「それを一時的にではなく10年、20年、100年続ける」との姿勢を示した。
 
毅氏は、父で2代目社長の岡本勲氏が急逝したのを受け就任した。会社のカジ取りに乗り出すのにあたり、思い浮かべたのは経営者としての父と祖父の姿だった。岡本家には、先々代から"生業(なりわい)にこだわる"という家訓がある。「例えば『これからは樹脂の時代だから樹脂を扱おう』ではなく、あくまでガラスで何ができるかを考える。ガラスでしかできないものを探して、そこに重点的に資源を投入するのが私の役割」と生業のガラスにこだわる。もう一つ、岡本家で受け継がれてきた理念が、コンプライアンス意識だ。

法令順守の理念

創業者の岡本一太郎氏は戦前、東京硝子工業統制組合理事長、戦後は東部硝子組合理事長を務めた。時代は戦前戦後の混乱期。石炭など燃料や原料を闇市で調達し、規模を拡大するガラスメーカーもいるなか、「立場もあり、それはやらなかった。当時から、今の言葉でいうコンプライアンスを重視していた」という。同社の経営にはこの家訓と理念が脈々と受け継がれており、新たに制定した企業理念にも、こうした"遺伝子"が入っている。

高い技術に挑戦

そしてこうした理念は社員にも浸透。ガラスへのこだわりを力に、常に難易度の高い技術に挑戦し続けてきた。ユーザーからも難題が次々と持ち込まれたこともあり、同社はこれまでに世界シェアナンバーワンの製品を三つ生み出している。
 
そして社員の力は技術力となるだけでなく、業績低迷時を乗り越える原動力ともなった。2007年に大型投資した平面型テレビ用反射鏡の不振に加え、翌年秋のリーマン・ショックも響き、4年間で54億円の赤字を計上した。この中で、社員らがボトムアップでアイデアを出し、製品歩留まりの向上や各工程のレイアウトの見直しなど、徹底的に無駄を排除した。結果、10年に過去最高益を更新した。11年の東日本大震災の時には、主力のフライアイレンズを生産する電気溶解炉が破損。通常8カ月かかる築炉を3カ月で成し遂げた。厳しい環境でも真摯に仕事に取り組む姿勢は、家訓や理念に通じる。
 
毅氏は「何かあっても、現場の人間の顔を思い浮かべると『うちは彼らが居る限り大丈夫』と思える」という。全社一丸でガラスの可能性を追い続ける。

企業概要

1928年(昭3)、岡本一太郎氏が東京都江東区大島で創業した特殊ガラスメーカー。液晶プロジェクター用反射鏡やフライアイレンズ、歯科医院向けデンタルミラーで世界ナンバーワンのシェアを誇る。東京都墨田区の中小企業などが連携して開発した無人深海探査機「江戸っ子1号」プロジェクトでは、海外製しかなかった高耐圧のガラス球を製作、提供した。現社長の岡本毅氏は東大法学部出身で警察庁官僚を17年間勤めた異色の経歴を持つ。


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