「不変と革新」

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新工場、新100年の第一歩

四日市市に新工場(1月23日に地元自治体と立地協定、左から2人目が大柳雅利社長)

設備投資を決断

創業者の1人である小野茂平が土井晩翠に作詞を依頼した第一工業製薬の社歌。その最後は「日本の工業日本の富を促し文化の光りを増さん」と締めくくられる。最近、業績回復が軌道に乗り始めた同社は、間髪入れず三重県四日市市に新工場建設を打ち出した。「メーカーは設備投資をしないと生き残っていけない」(坂本隆司会長)と、踏みとどまるリスクより、あえて打って出るリスクを選択した。
 
同社の社是は「産業を通じて、国家・社会に貢献する」。これを「品質第一」「原価逓減(ていげん)」「研究努力」という三つの社訓が支える。新工場は将来の海外展開に向けたマザー工場としても位置づけながら、「中間材料という川中事業のメーカーとして、これからも顧客の求めるものをしっかり研究し続けていく」と坂本会長は強調する。
 
四日市の新工場建設を発表した翌日の1月24日、第一工業製薬の株式の出来高が1億2890万2000株に達した。売上高500億円規模にすぎない中堅化学メーカーが、その日の出来高ランキングで、みずほフィナンシャルグループに次ぐ第2位にいきなり躍り出た。2008年から年まで合計した出来高は1億1000万株程度。その6年分をたった1日で超えてしまった計算だ。同社の新工場建設という決断はマーケットからも好感されたかたちだ。

期待高まる

同社は1909年の創業以来、繊維工業用の石鹸(せっけん)などで業界をリード。繊維産業とともに成長を遂げてきた。しかし過当競争に陥った家庭用洗剤からは40年前に撤退し、バブル崩壊後は長らく業績が伸び悩んだ。それだけに総額120億円を投じる久々の大型投資への期待は社内外で高まる。商品開発機能と一体となった新工場は、15年9月から順次立ち上がる計画だ。
 
100周年を迎えた09年からスタートした中期経営計画「チェンジ100」(09―14 年度)が最終年度を迎えたが、この間に企業体質は大きく改善した。14年3月期には増収増益を達成し、当期利益は過去最高を記録した。そんなタイミングでの積極策。もちろん従来の路線をそのまま踏襲するわけではない。
 
同社では4月に社長特命室を新設したが、「工業用薬剤に特化しながら、どの分野、どのユーザーをターゲットとするのかを見極め、経営資源を再配分していく。大量生産のパワーゲームに入ってはいけない。選択と集中を加速する」と坂本会長はその狙いを説明する。

新分野を強化

新工場では電子材料や土木用薬剤など成長分野の生産から立ち上げ、成長が期待できる製品や、新規分野への投資を強化する。13年末に事業化したばかりの、セルロースシングルナノファイバーによる新材料「レオクリスタ」も有力な候補だろう。
 
引き続き工業用薬剤をコア事業と位置づけながら、次の100年に向けた新しい一歩を、踏み出そうとしている。

企業概要

1909年(明42)に前身となる匿名組合負野薫玉堂解舒液部が創業。18年に第一工業製薬として設立された。輸入に頼っていた繊維用石鹸の国産化を進め、戦前には中国にも工場進出した。戦後も繊維産業用、家庭用に各種界面活性剤を中心に展開。公害対策としての合成洗剤ソフト化にはいち早く乗り出した。現在の事業は界面活性剤以外に、セルロース系高分子材料やウレタン材料、難燃剤、電子デバイス材料などと幅広い。14年3月期の連結売上高は546億円。


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