「不変と革新」

大同特殊鋼

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「先読み+深読み」で前進

主力工場の知多工場の製鋼能力は従来比20%増の年間180万トンに拡大

日本の電力王

福沢諭吉の娘婿であり、相場で財を成した後に木曽川水系の水力発電などに成功して「日本の電力王」と呼ばれた福沢桃介氏。この桃介氏が大同特殊鋼の創業者だ。2016年に創業100周年を迎える大同特殊鋼の原点は桃介氏の「先を読む力。そしてその力は脈々と受け継がれている。
 
創業のきっかけは、桃介氏が社長を務めていた名古屋電燈の夜間電力5000キロワットの利用策だった。大量の電力を使い、将来性がある事業とは何か―。桃介氏は電気技術者で後に電気製鋼所(現大同特殊鋼)の3代目社長になる名古屋電燈顧問の寒川常貞氏に調査を依頼する。欧米の視察もしていた寒川氏が目を付けたのが電気炉を使った製鋼業への進出だった。
 
当時の日本では小ロット大量生産が困難だった特殊鋼を、電気炉という新技術でつくる。難しい事業にほかならないが、水力発電を成功に導いた桃介氏のバイタリティーと寒川氏への信頼、そして「経営者は人の話を良く聞けとの信念が新規事業に踏み切らせた。
 
こうして、日本で初めての電気炉製鋼会社の道が開ける。小沢正俊会長は「偉大な先人たちの『先読み+深読み+自ら果敢に実行』がまさに新たな時代を切り開いた」と思いをはせる。
 
ただし、これまで順風満帆だった訳ではない。特に第二次世界大戦後は特殊鋼メーカー各社は工場や人員のリストラに追われ、半数が廃業や転業を余儀なくされた。この窮地を救ったのが8代目社長で、中興の祖である石井健一郎氏だ。日本の特殊鋼メーカーが苦しい時代。海外の特殊鋼メーカーがどのような仕事をしているのか疑問に思った石井氏は、経営のヒントを探りに欧米視察に出かける。


自動車の時代

そこで感じたのは自動車の時代が到来する息吹。自動車部品には特殊鋼が使われる。帰国した石井氏は特殊鋼業界全体を巻き込んで自動車向け特殊鋼を生産する一大プロジェクトを構想する。当初は業界6社で実施する計画だったが、他社の社長の退任などもあり大同特殊鋼が単独で生産拠点を整備した。
 
その間、伊勢湾台風によって工場や社員が甚大な被害を受けてプロジェクトは頓挫しかけるが、懸命の復旧で危機を乗り越える。1962年に稼働した知多工場(愛知県東海市)は、自動車向け特殊鋼の一貫製造工場として、今も同社の屋台骨となっている。

大規模投資完了

13年11月。その知多工場に約200億円を投じ、あらたに150トン炉を導入するなど大規模投資が完了した。同社の粗鋼生産の90%を占め、稼働から50年以上が経過した知多工場の製鋼能力は従来比20%増の年間180万トンに拡大した。小沢会長は「世界視点で、本業である特殊鋼事業のQCD(品質・コスト・デリバリー)競争力を飛躍的に造り込める」と意義を述べる。
 
「先を読む力」で幾多の苦難を乗り越えながら社会に貢献してきた大同特殊鋼。これからも「前進する企業集団」を目指し事業の革新を続ける。

企業概要

「日本の電力王」と称された福沢桃介氏が社長を務めた名古屋電燈から製鋼部を1916年に分離・独立した電気製鋼所が前身。日本初の電気炉製鋼会社として歩み始める。生産拠点は知多工場(愛知県東海市)、星崎工場(名古屋市南区)、渋川工場(群馬県渋川市)、君津工場(千葉県君津市)、王子工場(東京都北区)など。特殊鋼や自動車部品、磁石、新分野の磁気センサーなどを手がける。合併や社名変更を繰り返し、76年に日本特殊鋼、特殊製鋼と合併して商号を大同特殊鋼に変更する。2014年3月期の売上高は4577億円。


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