「不変と革新」

ハイキャスト

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人のつながりを力に

若手技術者の育成も進んでいる

木型 月200点

ハイキャストは1916年設立の鋳造メーカー。建設機械、鉄道、船舶をはじめさまざまな分野に部品を供給する多品種少量型の事業を展開している。「月200点ほどの木型を扱う」と高橋健太郎社長は多品種ぶりを説明する。
 
一貫しているのが「人を大事にする経営」だ。高橋社長は「合言葉は"和"」と強調する。かつて鋳物業界では働く職人ごとに仕事を評価し、対価を支払うのが主流だった。しかし、同社は早くから従業員の協力によるモノづくりを推進し、雇用制度の整備も他に先駆けて導入した。


日本の役に立つ

33年から92年まで長らく3代目社長を務めた高橋金次氏が掲げたモットーは「鋳物業で日本の役に立つ」。戦後に取引先の支援を受けて事業再建を果たした経緯もあり、「人同士のつながり、感謝の気持ちを一層大事にするようになっていった」(高橋社長)という。
 
その思いを引き継ぐ5代目の高橋社長が重視するのは、「常に楽しさを追求すること」だ。「食べるためだけに働くのではなく、喜びを感じながら汗を流すことで、良いモノが作れる」と言い切る。楽しく調和した会社にするため、社員旅行などの各種イベントは欠かさない。「全社参加型の飲み会が年6回近くもある」とほほ笑む。
 
また、社内には「サンキューボックス」という投稿箱も設置している。業務の中で同僚に感謝の念を抱いたら「ありがとう」の気持ちを相手の名前入りで紙に記し、箱に入れるのが社内のルール。この中から毎日1枚をくじ引き的に取り出し、名前が記されていた従業員には景品が贈られる仕組みだ。
 
このほか、従業員同士でプレゼントを贈り合う「誕生日サークル」や野球チームでの活動など、さまざまな取り組みで一体感の醸成を図っている。「ユーモアや遊び心が大事。従業員の提案も積極的に採り入れ、取り組みに反映させている」と高橋社長は話す。

若返り果たす

高橋社長が入社した当時は、平均年齢が50歳を超え、高齢化が課題だった。このため「一番力を入れたのが若手の採用だった」という。結果として現在は平均が30代と若返りを果たしている。初めは採用した若手の多くが早期退職するなど苦労したが、数人が定着し始めると離職率は一気に減った。「最初に定着した社員が、積もる雪の初めの1粒になってくれた」と振り返る。
 
12年4月には初めて新卒者が入社した。以後、毎年新卒採用を行い、「新たな変化が生まれている」と高橋社長は表情を明るくする。特に、造型の部署では13年採用の女性社員1人が活躍中。この春にも新たに2人の女性が現場向け社員として入社した。「鋳物業でも女性が頑張れると発信したい」と意を強くしている。
 
「今後は社員を刺激するような新しいチャレンジも必要」と高橋社長は先を見据える。開発や新事業などに果敢に挑む企業として、2年後の100周年を迎えたい考えだ。

企業概要

1916年6月に高橋鋳物工場として設立。第二次世界大戦で工場は全焼したが、45年8月に再建した。93年に高橋正敏4代目社長が社名をハイキャストに変更し、現主力拠点の羽生工場(埼玉県羽生市)を新設した。2010年には高橋健太郎現社長が就任し、現在に至っている。500キログラム前後の中大物を得意とし、建機、鉄道、船舶のほか射出成形機、工作機械、半導体製造装置などの部品も手がける。従業員数は38人。本社は創業地の東京都板橋区。


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