「不変と革新」

月島機械

HOME > 「不変と革新」 > 月島機械

国内外でニーズ先取り

旧本社の外観(1970年の完成時)

10年で国産化

ニーズをくみ取る―。創業から109年を超えて月島機械は社会や時代が求める製品を開発し続けている。1905年の創業事業は製糖機械。創業者の黒板傳作氏は東京帝国大学で機械工学を専攻。当時日本領だった台湾で製糖工場の建設が盛んだったが、製糖機械は輸入に頼っていた。黒板氏は国産化を志し、東京月島機械製作所を創業。10年ほどで国産化を達成した。
 
いまでは石油化学、製鉄所、上下水道など多様な分野に機器やシステムを納入する。山田和彦社長は「世の中のニーズに合わせて新しい仕事をするうちに花が咲いた」と歩みを振り返る。
 
創業時の企業理念は残されていないが、最も古い記録である52年制定の社是の第1条には「われらは常に最新最良の機械を製作する」とある。その背景には、世の中で必要とされている製品を作る姿勢がある。
 
それを象徴するのが60年ごろの上下水道への参入だ。政府が上下水道の普及を目指していたことから、製糖技術で得た要素技術を生かし、浄水場や下水処理場を建設するようになった。いまでは水環境事業として、石油化学など民間向けの産業事業と並ぶ2大事業となっている。
 
こうした姿勢は89年に制定した企業理念の一つとして、「わが社は市場のニーズを先取りし、最良の商品とサービスを顧客に提供します」と明文化された。
 
近年、水環境事業は施設の建設だけなく、それらの運転保守(O&M)まで一括して受託している。自治体の予算減少のためで、03年には日本初の上下水道のPFI(民間資金活用の社会資本整備)事業として、寒川浄水場排水処理施設特定事業を開始。製品・サービス一体のビジネスモデルを確立した。


新興国にも対応

ニーズを意識するのは海外でも同じだ。日本と新興国のニーズの違いをいかに把握するかが重要になる。新興国では日本ほど性能の高さは求められず、価格の安さが重要になる。山田社長は「抜本的にコストを下げるには、プロセスを変えるなど一種の研究開発になる」と難しさを指摘する。それを乗り越え、必要な機能のみを搭載して価格を下げた製品を売り始めている。

頭を使って

顕在化していないニーズを明らかにするための努力はいまも怠らない。山田社長が「最後は人で決まる」と説くように、社員一人ひとりが創造的な仕事をすることを促している。そのための舞台は既に整えた。13年12月に晴海に移転した新本社だ。創業の地である月島に69年まで立地した初代本社、佃の旧本社に続く3代目の本社になる。
 
効率的に働けるオフィス空間など、創造的な仕事のための器は用意できた。後は実践だ。日本だけでなく世界の多様なニーズをくみ取るため、「仕事のやり方を変えて頭を使う仕事を増やす」(山田社長)取り組みを始めている。
 
社会や顧客のニーズを読み解き、それに見合った製品、サービスを提供してきたのが月島機械のDNAだ。新本社により、さらなる進化が期待される。

企業概要

製糖機械に始まり、30―40年代には肥料の原料となる硫安の製造装置に参入。戦後は食糧難による需要急増に対応した。70年代には排煙脱硫や廃液燃焼装置など公害対策に貢献する製品の事業を伸ばした。ほかにも下水処理場の汚泥の燃料化システムなど環境保全につながる技術・製品を数多くそろえる。15年度までの中期経営計画では環境・エネルギー分野へのさらなる注力、海外事業の拡大、コストダウン推進を重点施策として掲げる。13年3月期の売上高は798億円。


ページの上へ