「不変と革新」

サンワテクノス

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戦地での誓い、脈々と

第4回創立記念日。創業者の山田徳郎氏(前列左から3人目)と山田益二郎会長(左奥)

戦時中に決意

サンワテクノスの前身、山田工業創業者の山田徳郎氏は、第二次世界大戦中、インドネシア・ボルネオ島で捕虜になっていた。そこで夜空に光る北十字星を見ながらつぶやいたという。「もし日本に生きて帰ることができたら、社員が理想を胸に幸せに働ける会社をつくりたい」。
 
終戦後、日本に帰国した山田氏は生活用品を売りながら資金を捻出して東京・神田に安川電機製作所(現・安川電機)の販売代理店として山田工業を設立した。戦地での誓いを胸に、まず社員が満足に食べていける会社にしようと奮闘。人を大切にして会社を成長させるとの企業精神は「人を創り、会社を興し、社会に尽くす」という社是になり、今も脈々と受け継がれている。

山田益二郎会長は、社長時代にその"DNA"を浸透させて、今の会社の方向性を形づくった。山田会長は早稲田大学を卒業し、当時無名のベンチャー企業だった山田工業に設立後初の新入社員として入社。電気工事の技術者として各現場に派遣され、昔気質の職人たちと渡り合い、腕相撲をするなどしてコミュニケーション能力を磨いた。営業担当として取引先を飛び回る日々。商談成立の際は金をもうけたことより、相手の共感を得て一人の人間として認められたことが何よりうれしかったという。
 
ビジネスは肩書で左右されるものではなく人間力で人間同士のぶつかり合いと痛感した山田会長。自らの経験を踏まえて社員には常に「極端なことを言えば良い意味で会社を利用するくらいの気持ちで、仕事を通じて自分の価値を高めてほしい」と説く。


新卒採用を継続

人材採用にもこだわりがある。同社はこれまで景況が悪化している時でも、新卒採用をやめたことがない。毎年、30人前後の新入社員を採用する。良い人材を継続的に集めて、有能な社員に育てることが何より会社の成長につながると考えるからだ。約40年前から人事部が中心となり人材確保のために全国の大学とゼミ単位での人脈づくりを開始。ゼミの先輩に続き入社してくる社員も多く、国内はもちろん海外ビジネス拡大を支える人材として活躍する社員も増えている。研修制度も工夫。あいさつや礼儀など社会人としての基本を一から学ばせる。この際、新入社員に一人ずつ比較的年齢の近い先輩社員を指導係として配置するなど丁寧に人を育てる環境を整えている。

たすきつないで

平成25年11月4日に創立64周年迎えた。創立記念式典で山田会長は役員や永年勤続者表彰を受けたベテラン社員を前にこう呼びかけた。「今、まさに我々の手で100年目のサンワテクノスを作っている」。

36年後、同社が100周年を迎えた時、今年の新入社員の年齢は60歳前後になっている。100周年は遠い未来の出来事ではない。今、目の前にいる若手をしっかり育て、たすきをつないでいく。山田会長の言葉にはそうした思いが込められている。100年企業に向けた人づくりはすでに始まっている。

企業概要

1946年(昭21)、山田徳郎氏がモーターなどの販売経験を生かして創業し、49年(昭24)に株式会社に改組し東京都千代田区神田須田町に本社を設立。安川電機、オムロンなどのメーカーと相次いで販売代理店契約を結び事業を拡大していった。93年(平5)に社名を山田工業からサンワテクノスに変更。95年(平7)にはシンガポールに現地法人を設立するなど海外展開を加速。現在、電子部品、電気機器、産業用ロボットなどを販売する商社として事業展開する。


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