「不変と革新」

前川製作所

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一体感"が成長の支え

海外でも日本式のサービスや組織運営を実践した(メキシコ拠点)
前川製作所は冷凍機の自社ブランドを1958年に確立し、世界トップクラスの産業用冷凍機メーカーに成長している。同社が創業から重視し、また成長の支えとなったのが、社内や顧客との「一体感」だ。

休日にも修理

前川製作所は前川喜作氏が氷の販売を手がける前川商店として創業。冷凍機の開発にも取り組み、現在は国内57拠点、海外83拠点を展開する。国際展開も早く、64年に海外初となる現地法人をメキシコに設立。基幹部品を日本から輸出して事業を始めた。当時の駐在員は数人。冷凍機の修理や組み立て、据え付けなど一通りの現場を経験した入社3年以上の社員を対象にした。現地では日本で培った24時間体制で修理に対応するアフターサービスを実践。営業や技術など駐在員には各専門分野があったが、「少人数のため会計や保守、調達など何でもやった」と69年に赴任した田中嘉郎会長は振り返る。
 
当時のメキシコは米国資本の企業と欧州企業からライセンスを取得した現地企業が市場を独占していた。ただ、当時の産業用冷蔵庫の修理は早くて2日後が一般的。金曜日に故障すると火曜日まで復旧せず食材や商品が腐るケースもあった。そこで、前川では金曜の夕方に故障しても、徹夜で現地に移動して土曜日に修理するサービスを実施。土、日曜日は働かないのが現地の習慣のため、休日の修理には駐在員が各地で奮闘した。「日本で一通りの業務を経験させる『マルチ人間』の育成と、担当分野の垣根を越えて問題に対応する『共同体』のような一体感が海外事業の基盤となった」と田中会長は指摘する。

平等な組織運営

前川は組織運営でも日本式を踏襲。外資を含め現地企業の多くは上司の命令が絶対で上下関係が明確だったが、役職に関係なく名前を「さん付け」で呼び合う平等な関係を構築した。中でも現地法人の社長が冷凍機の復旧に奔走する姿は強烈な印象を与え、駐在員の醸成した一体感が現地社員にも浸透し自ら休日出勤するようになった。
 
さらに、競合他社の現地社員が独立し、前川の販売代理店や工事請負業者など協力先として加わった。故障を気にせず冷蔵庫を使える安心感から、現地で前川は評価された。70―80年代に競合2社が撤退し、メキシコ市場が開放される90年代初めまで独占した。

「共創」貫く

67年の米国をはじめ世界各地に進出、それぞれの場所でグループの一体感をベースとするアフターサービスを展開した。その結果、食品加工向け冷凍設備で生産効率改善策を求められるなど、顧客から事業戦略上の悩みを打ち明けられる関係を構築。顧客との共同体の形成も進んだ。
 
94年には、鶏もも肉の自動脱骨ロボット「トリダス」を開発。人材の担い手不足から従業員の高齢化に悩む顧客との雑談から十年以上かけて実用化した製品だ。
 
田中会長は悩みを共に解決する中で製品や技術、サービスを磨き、「顧客と唯一の関係を創る『共創』の理念を貫いていきたい」と今後を見据える。

企業概要

1924年(大13)、東京都江東区に設立した。61年に年産能力の2倍となる1万2000トンの液ポンプ方式冷蔵庫12セットをソ連(現ロシア)に納入。98年の長野オリンピックでは全氷上競技施設にアンモニアを冷媒にした冷却システムを納めた。現在は石油プラント向け圧縮機、食品加工設備、ヒートポンプなど幅広く事業を展開。国内の産業用冷凍機最大手で、冷凍運搬船向けでは世界シェア80%を持つ。定年を設けない雇用制度を導入するなど独自の経営を実践する。


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