「不変と革新」

ボッシュ

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新時代も技術で業界リード

完成当時の東松山工場

一翼担う

ビジネスを始めて102年―。独ボッシュの日本における事業の歴史は国内の自動車メーカーにも匹敵する。現在の日本法人ボッシュ(東京都渋谷区)のルーツは1939年創業したヂーゼル機器。ディーゼルエンジン用燃料噴射装置を国内生産する国策企業だ。「日本の企業がオリジン。独ロバート・ボッシュの技術を使い、日本に根ざしてやってきた」と織田秀明会長は話す。
 
ヂーゼル機器以降、合併を繰り返し、社名を変えながらも日本モノづくりの一翼を担ってきた。
 
体制が大きく変わったのは97年8月で、独ボッシュグループが持ち株比率を13・9%から30・1%に引き上げ、ボッシュ・ファミリーとなった。「東松山工場(埼玉県東松山市)などはローカル色が強く、当時(従業員の感情)はいろいろあった」と振り返る。だが、当時はコモンレール式の燃料噴射装置が実用化された技術の変わり目。ボッシュとの関係強化で、最先端技術を日本に導入できたことは、国内自動車産業にとってプラスに働いたことは間違いない。

つながり大事に

こうした変化の中でも同社が持ち続けたのは、「人や社会とのつながり」と「チャレンジ精神」だ。現在はスローガンの「Invented for life」「自主独立」「社会奉仕」で表現している。
 
「Invented for life」は最先端技術で生活を豊かにするという思いを表したもの。ボッシュ・ファミリーとなった後も、技術で業界をリードすることが全社共通のモチベーションであり続けた。
 
一方、東日本大震災の際、ボッシュ・グループとして支援し、被災地に寄付金を送った。しかし、日本法人では「お金だけでいいのかという思いがあった」。主力工場のある埼玉県東松山市と1字違いの宮城県東松島市の市長に連絡をとり、「できることはないか」と尋ねた。これを機に、被災した保育園などにコンテナハウスを送り、月2回40人がボランティアとして東北へ行った。現在も地域に根ざした活動を続ける。
 
この活動を通じ社内で「ボッシュで働いていてよかったと思う人が増えた」という。ボッシュが日本の社会の一員として「社会奉仕」することの理解が広がっている。
 
同社には会社は一つの家族という思いを込めた「事業一家」という言葉も伝えられている。これも、人や社会とのつながりを大事にする姿勢を表した言葉だ。

基本姿勢 再確認

自動車産業はハイブリッド車や電気自動車の登場で大きな転換点を迎えた。これまでの100年に比べ、今後は市場も技術の変化のスピードが上がる。
 
織田会長は戦略を立てる上で重要な要素として「過去の教訓を生かす」「将来のトレンドの把握」「小さなニュースを的確につかむこと」の三つをあげる。その一方で、「コミュニケーションとチャレンジ精神でやっていきたい」と、時代が新しくなっても変わらない基本姿勢も再確認している。

企業概要

独ボッシュの日本ビジネスは1911年(明44)7月7日、横浜のアンドリュース・アンド・ジョージ商会と販売・修理の代理店契約を結んだところから始まる。日本のボッシュのルーツとなる39年設立のヂーゼル機器のマークは、今も東松山工場のロータリーに残る。97年にボッシュ・ファミリーとなって以降、08年にはボッシュ・グループの100%出資会社となった。現在は横浜事務所(横浜市都筑区)を中心にグローバルの主要な開発の役割を担う。


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