「不変と革新」

森鉄工

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顧客の要望現場にある

プレス機製造に参入した当初の製品「連続式水乾機」
森鉄工(佐賀県鹿島市、森孝一社長、0954・63・3141)は、創業1907年のプレス機メーカー。ファインブランキング(FB)技術を核に、中小メーカーながら押しも押されもせぬ存在感を持つ。一方でプレス機製造は新しい事業とも言える。それは業態や製品を変え、主力事業を変化させてきたためだ。森社長の「顧客の要望は現場に落ちている」という現場主義には、同社の歴史を貫く、社会の要請に応えようとする意志が見える。

変わる主力商品

主力商品は56年までに鉄製器具から肥料、農業機械と変わる。社名からも事業の移り変わりがわかる。22年の設立時は森共同肥料、44年に久保田鉄工所(現クボタ)の農機取り扱いとともに森農工に変更する。今も田畑が広がる地元の農家に向けた事業がメーンだった。
 
戦後には農機修理の技術を生かし、茶産地である地元に向けた製茶機も製造。56年以降に隣県・長崎に製作所を構えていた三菱電機の重電部門の下請けとなり、69年に「農」を「鉄」に改めて現在の社名となった。その変遷は農業から工業へ移る日本の産業構造とも重なる。
 
今や国内外で使用される同社製品だが、プレス機メーカーとなってからもあくまで地域密着型の企業だった。70年代オイルショックをきっかけに、主力だった下請けの作業量が4分の1になり「メシが食えない」(森社長)状況で自社製品の開発に着手。比較的容易だった油圧プレスで参入する。

後発の宿命

後発メーカーの宿命で価格をたたかれながらも、受注先を地道に開拓。肥料や製茶機の販売とともにプレス機開発を進める。その中で、地場に進出した大手素材メーカーに依頼された磁石製造用プレスの開発が高性能機種への道を開く。
 
開発力を高めてFBプレスを手掛けるようになったのは80年。ホンダ系部品メーカーの平田プレス工業(現エイチワン)から、使いにくい海外機や高価な国産機に代わる大型FB開発を打診されたのが転機になった。

技術に磨き

88年にプレス専業メーカーとなってからは技術を磨き国内外に展開。国内最大級のプレス機開発のほか、98年には環境機器分野にも参入した。現在、森鉄工の顧客にはトヨタ自動車をはじめ、デンソーやアイシン・エィ・ダブリュなど大手メーカーが名を連ねる。「"創業100年"は、自社のブランドになっている」(森社長)。

だが、そこにあぐらをかかない。技術者も営業先に足を運ぶ。顧客の要望を聞けるためだ。現在のコア技術「ワンショットフォーミング」も地道な研究開発とともに、顧客本位を目指したからこそ完成した。複雑形状の成形など多工程であっても補助を含め8軸で一度にプレス。省スペース化やリードタイム短縮など、高効率性で実績を伸ばしている。
 
ニーズを聞き入れ、応えたことで今がある。事業は変遷し、顧客もローカルからグローバルへ変わった。だが「足は早くないがコツコツと正直にやってきた」と話す森社長の言葉に、変わらない地道さが凝縮している。

企業概要

1907年(明40)、馬の蹄鉄(ていてつ)など鉄製品の販売で創業。22年に森社長の曽祖父・森曽一氏が肥料販売へ転換、森共同肥料を設立した。現在、主力製品のプレス機は国内外で多数使用されている。製品だけでなく技術開発への評価が高く、アイシン・エィ・ダブリュとの共同開発技術で日本塑性加工学会「学会大賞(12年度)」、日本鍛圧機械工業会「MF技術大賞(13年度)」を受賞している。06年には中小企業庁「元気なモノ作り中小企業300社」に選定された。


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