「不変と革新」

スエヒロEPM

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出会い大事に"一期一生"

93年から工場の一角に設置した開発実験室

死ぬまでつきあう

食用油の搾油機など食品加工機械の設計製造を手がけるスエヒロEPM(三重県四日市市)の佐久間裕之会長のモットーは「一期一生」。出会いを大事にして、初めて会った人とも自分からは縁を切らず、死ぬまでつきあう気持ちで、つながりを大切にしてきた。

この精神の源を探求すると1953年の創業時にさかのぼる。佐久間会長の父で、製油メーカーの機械修理工場の責任者だった佐久間仁氏が、独立し搾油機の修理などを手がける末広鉄工場を設立した。
 
当時の搾油機はドイツなど外国製がほとんど。故障のたびに部品を取り寄せるなど時間がかかった。ある時、製油メーカーから「国産搾油機を作ってほしい」との要望があり、試行錯誤の末、56年に日本初のスクリュープレス搾油機「エキスペラー」を完成させた。
 
佐久間会長は「父には食品加工機は市場性が見込めるという経営者の勘があったと思うが、それ以上にお客さんの悩みを解決しようという技術者の思いが創業させたのでは」と思いを馳せる。顧客を思う心から生まれたエキスペラーは瞬く間に全国の製油メーカーに口コミで伝わり、現在では国内の天ぷら油メーカーの大半に納入されている。大型の搾油機では国内でほぼ100%のシェアを誇る。

まず自分売る

66年に仁氏が他界すると、佐久間会長が勤めていた東京の貿易会社を辞めて同社に入社。27歳で会社のかじ取りを任された。技術者ではない佐久間会長が何より大切にしたのは顧客との信頼関係構築だ。相手の気持ちが分からなければ機械は売れないと考え、入社して15年間ほぼ毎日のように国内外を営業で飛び回り「機械よりも自分を売り込んだ」という。
 
努力が実り、ペットフードなどをつくる外国製機械の修理の依頼を受けた縁をきっかけに加圧押出成形機「2軸エクストルーダー」を75年に開発した。粉砕、混合、加熱、殺菌などを短時間で同時に行う機械で、搾油機で培った搬送技術や、圧力を微妙にかける技術が生きた。発売以来、国内外に約110台を納入するヒット製品となった。

自由に商品開発

また、93年に工場の一角に「開発実験室」を設置。エキスペラーとエクストルーダーを数台常設。顧客の食品メーカーやペットフードメーカーが原料を持ち込み、新商品開発を自由に行える場を提供した。これも顧客の良きパートナーでありたいとの考えからだ。
 
こうした姿勢が評価され大手食品メーカーと野菜ジュース搾汁機を、ゴムメーカーと脱水機を共同開発するなど新たな事業に発展。こうしたオーダーメード機械の製造販売が現在、主力事業の一つとなっている。
 
佐久間会長はあらためて「困難な注文でもお客さまに喜んでもらえる機械を作り続ける」と力を込める。明文化はされていないが「お客さんの悩みの解決のために」という創業時の精神は何ら変わっていない。顧客との信頼関係と技術革新を結びつけることで同社は発展を続けている。

企業概要

53年、現会長佐久間裕之氏の父の仁氏が三重県四日市市末広町に末広鉄工場を設立。56年には日本初のスクリュープレス搾油機「エキスペラー」を開発。全国の製油メーカーから注文が入り国内シェアを高めた。75年には「2軸エクストルーダー」を開発。92年には社名をスエヒロEPM(E=エンジニアリング、P=プラント、M=マシナリー)に改称。93年、工場内にエキスペラーとエクストルーダーを常設した「開発実験室」を開設。食用油の搾油機、ロール機、加熱・冷却機などの関連機器の設計・製造が主力。資本金は4000万円で、従業員は43人。12年9月期の売上高は約10億円。


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