「不変と革新」

清水建設

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顧客満足追う"現代の匠"

東京木工場は技能五輪全国大会で表彰台の常連チーム
「誠実に、お客さまに満足いただける良いものをつくる。そのうえで健全な成長を確かなものにする」―。清水建設が東京・京橋の新本社に4月1日、199人の新入社員を初めて迎え入れた入社式。宮本洋一社長は会社の基本理念「論語と算盤(そろばん)」の趣旨を訴えかけた。同社は明治時代の創成期、相談役だった日本資本主義の父といわれる渋沢栄一氏の教えを経営の基本に据えた。

ルーツは宮大工

建設にかかわるあらゆる技術を有するスーパーゼネコンの1社に数えられる清水建。そのルーツが宮大工であることを知る人は少ない。新本社として時代のニーズにかなった低環境負荷の最先端ビルを完成し、これまでの歩みが宮本社長に会社の歴史をひもとかせたのかもしれない。同社の原点ともいえる揺るぎないモノづくりへの姿勢は、東京・木場で130年近く歴史を刻む東京木工場に見ることができる。

他社にない工場

建築事業で、高級ホテルや応接室などの木を使った高級内装を木材の乾燥から造作、現場施工まで一貫して手掛けるのが同工場の役割。高強度の鉄筋コンクリート造と融合させた現代の社寺建築も活躍の舞台だ。宮大工伝統の技を買われ、純木造建築の文化財修復に臨むこともある。木工の自社工場はゼネコン他社に例がなく、外注先に依存しない品質保証体制が差別化につながっている。
 
木は同じ材料でも、木取りや加工の仕方によって木目の趣などが変わってくるもの。最終的に組み付けた状態をイメージしながら、部材を一つひとつ作っていく必要がある。数値的なスペックとは別次元の研ぎ澄まされた感覚が仕上がりを大きく左右するのだ。

技能五輪の常連

かつて匠(たくみ)の世界は先輩の技を見よう見まねで自分のものにしていくことが求められた。もちろん、東京木工場でもそれは過去の話。木工の匠を志して入社してきた若い社員に幅広く仕事を経験させる組織的な指導を実践し、適性を見いだす。その成果で技能五輪国際大会の日本代表選手も輩出した。毎年の技能五輪全国大会では表彰台の常連チームだ。
 
井手勇人工場長は「先輩たちがずっとメダルを取ってきているだけに、否が応でもモチベーションが高まる。技能伝承という意味でも通常業務より効果的。大会前2―3カ月のつらい練習を乗り越えて技能五輪を経験すると格段にうまくなる」と話す。
 
同工場は23歳以下が対象の技能五輪だけでなく、そこから育った技術者が匠の技を競い合う「技能グランプリ」にも積極的に参加し、数多くの栄冠を獲得している。井手氏は「良いものを作れるようになると、立ち振る舞いから変わる」と技能伝承にとどまらない人材育成効果を語る。
 
「現代においては技能を持った職人であるのと同時に、常に顧客を意識するシミズの社員でなければならない」(井手氏)。清水建は東京木工場で木造建築の伝統技術やノウハウを脈々と伝承するだけでなく、"現代の匠"のあり方を模索し続けている。

企業概要

越中富山の大工だった初代清水喜助が江戸に出て1804年(文化元)、神田鍛冶町で創業。1838年には江戸城西の丸の造営を手掛け、200年余りの歩みで世界を舞台に活躍するスーパーゼネコンとなった。東京木工場は創業から80年後の1884年(明17)、全国から集まる良質の木材調達と製材を目的に清水組切組場として開設された。周辺の都市化に伴い、木場の機能は埋め立て地「夢の島」地区の新木場へと移ったが、同工場はかつて木材運搬に使われた運河沿いにそのまま残っている。


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