「不変と革新」

日本精工

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軸受次の100年も世界に供給

「進取の精神」の英文をあしらった作業着(本庄工場=埼玉県本庄市)

トップメーカー

日本精工は、機械の回転部の摩擦を低減する「ベアリング(軸受)」の国内トップメーカー。1916年に日本で初めて軸受を開発したパイオニアでもある。軸受開発の基本となるトライボロジー(摩擦学)、材料研究、数値解析に強みを持ち、その技術開発力は、競合他社から「あそこのレベルは高い」と評価を得ている。同社製品は、自動車や鉄道、航空機、家電など、さまざまな分野で使われている。
 
同社は「軸受の国産化」を命題に、現在の本社がある東京都品川区で1914年に創業した。当時は第一次世界大戦の勃発を受け、日本が軍備拡張を進めていた時期で、戦艦や要素部品の国産化が急務だった。同社設立にあたっては、後の首相である高橋是清が支援したと伝えられている。軍需産業の隆盛に合わせ業容を拡大したが、第二次世界大戦後は財閥解体の余波もあり、事業継続が危ぶまれたこともあった。その後は戦災復興や高度経済成長の波に乗り、事業を再拡大した。

成長支える

創業以来の事業ポリシーは「パイオニア精神、フロンティア精神」(大塚紀男社長)だ。国内で初めて軸受を開発した同社は、常に斬新で高品質な軸受を開発することで日本の成長を支えてきた。戦中は初の国産航空機用エンジンやジェットエンジン用軸受を開発。戦後は新幹線用軸受を開発した。「保持器ひとつとっても前例がなく、新幹線の高速回転に耐える軸受の開発は苦心の連続だったと聞く」(同)。その後もビデオデッキや人工衛星用軸受など時代ごとに最先端の軸受を多数生み出してきた。「新製品に必要な軸受開発は、当社に持ち込まれることが多いと大塚社長は胸を張る。
 
同社のもう一つの事業ポリシーが、社是にある「国を越えた人と人の結び付きを強めること」だ。その信念通り、同社のグローバル化は日本企業の中でも圧倒的に早い。62年には米国に初の販売法人をつくり、69年には海外生産もスタート。70― 80年代には先進国で事業展開した。若き日の大塚社長もまた、海外展開の先兵として活躍した。81年にはフランスに赴任。貿易摩擦が激化するなか、相手国や企業との苛烈な交渉をこなし、現地法人の再生に汗を流した。当時は日本企業で海外展開をしている例は少なく手探りの状態が続いたが、大塚社長は「あれで海外でのモノづくり力がついた」と振り返る。同社はその後、先進国から新興国へ事業領域を拡大。現在では主に中国の機械需要、自動車需要を原動力に事業を伸ばしている。

1兆円目指す

同社は2016年に創立100周年を迎える。現在の売上高は約7400億円だが、100周年には1兆円を目指す事業ビジョンを掲げる。国内でトップの同社だが、世界では欧州勢に続く3番手であり、産業機械分野など成長余地も多い。「100周年の次の100年も変わらない。環境・安全面で革新的な製品を作り、世界に供給するだけ」と語る大塚社長。軸受が機械の中で人知れず回るように、実直な経営を進めている。

企業概要

日本精工は、自動車用軸受、工作機械用軸受で世界トップ。軸受だけでなくボールネジのパイオニアでもあり、世界トップシェアを持つ。近年はEPS(電動パワーステアリング)など軸受技術から派生した自動車部品分野でも存在感を示す。地域別で見ると、売上高の55%が海外で、日本向けは45%。一方で生産ではこの比率がほぼ逆転しており、さらなる海外展開が事業テーマとなっている。12年3月期は超円高の影響もあり売上高は7328億円、営業利益は324億円だった。新興国での売り上げ伸長や、産業機械分野のシェア拡大を進め、創立100周年に先立つ16年3月期には、売上高9400億円、営業利益860億円を目指す。


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