「不変と革新」

ナルビー

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自社ブランドで社会貢献

海外の展示会に出展を続けナルビーブランドの発信に力を入れる

創業者の精神

刃物メーカー、ナルビー(千葉県市川市)の古川昇社長には、就業前の日課がある。執務机の後ろにある実質的創業者で祖父、古川一郎氏の写真に供えてある水を交換する仕事だ。「今でも祖父には経営者として畏敬の念を持っている」。まもなく就任から30年を迎える古川社長は、幼い時分に生活をともにした創業者の精神を、決して忘れない。
 
「自社の製品と我々のサービスを媒体にして、社会に貢献する」―。ナルビーの従業員は毎朝、古川社長が策定した企業理念を唱和する。だが本人は「理念は、祖父の経営者像を解釈して文章にしただけ」と主張する。
 
1897年(明30)、一郎氏の父が東京でバリカンや枝切ばさみの製造販売業を始めたのが同社のルーツ。その約30年後に一郎氏が刃物の卸売を営む個人商店を創立し、現在につながっている。
 
理念を明文化したのには理由がある。大学卒業後、3年間の自動車メーカー勤務を経て戻ってきたナルビーに、ショックを受けたからだ。一郎氏の他界から約10年間、トップマネジメントが不在。手がけてきた家庭用カミソリなどのオリジナル製品もほとんど作らず「単なる下請け工場の地位に甘んじてしまっていた」(古川社長)。

継続性と独立性

かつて古川社長は一郎氏とともに暮らしつつ、経営者としての姿も見てきた。祖父の背中から「企業の永遠の継続性」と「完全な独立性」の重要性を学んでいた。「祖父の姿勢を復活させねば、会社は立ちゆかなくなる」。危機感は並大抵のモノではなかった。
 
危機感の払しょくには何をすべきか。考えあぐねる古川社長の頭に、企業ブランドを構築しつつ、自社品を展開しているかつての勤務先の姿勢が浮かんだ。
 
「全社的なブランド戦略と、他にないオリジナル品を手がけて、継続性と独立性を確保しよう」。古川社長は方向性を定め、社章の策定や自社製品の策定に傾注した。
 
家庭用カミソリは輸入品の台頭で廉売が進んでいたことから、撤退を決意。窓の清掃などで、汚れを取るために使う刃状の器具「スクレイパー」をメーンに据えた。業務用に作ってきたこの器具の間口を広げようと、開発した家庭用の「ナピカ」はグッドデザイン賞を獲得するほどの出来栄え。スクレーパーの開発は現在も続き、ナルビーは顧客からの信頼を獲得し続けている。手がける自社製品は創業時と全く異なるが「製品を通じて業界内で独自の地位を築く姿勢が、スクレーパーで復活し、現在も続いている」(古川社長)。

環境も重要

06年に本社から千葉県四街道市に生産拠点を移したのも、ブランド戦略と自社製品の開発強化の一環だ。その源泉となる従業員の成長を促すには、宅地化の進んだ市川市では限界だった。「独自製品を生み出すには、環境も重要だ」と古川社長は考えている。
 
祖父から学んだ経営のイロハを実践してきた古川社長。「現在も創業社長の世界を生きている」と感じている。自社製品で社会貢献する姿勢を強化すべく、今後も徹底したブランド戦略に取り組んでいく。

企業概要

刃物業界は岐阜県関市など西日本に本拠を置くのがほとんどの中、ナルビーは唯一の関東資本。スクレーパー、工業用刃物、カッターメーカーからの相手先ブランド生産(OEM)が事業の三本柱。「どれに偏りすぎても良くない」と古川社長は現在の体制で企業活動の継続を図っている。スクレーパーにおいては国内市場の占有率は約9割と「ナルビーはスクレーパーの代名詞」(古川社長)だ。海外にも販路を求めて商談会に出展。ビジネスパートナー探しに注力している。


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