「不変と革新」

三菱ケミカルHD

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世界を「KAITEKI」に

江戸時代のからくりを解析し細部まで再現した「万年時計」。説明しているのは中山純史館長

変遷経て誕生

国内最大の総合化学会社である三菱ケミカルホールディングス(HD)は、数多くの企業統合の変遷を経て誕生した。代表的なものが1994年の三菱油化と三菱化成の合併。これにより三菱化学が誕生した。05年に三菱ウェルファーマ(現田辺三菱製薬)との持ち株会社制に移行し三菱ケミHDを設置。07年に三菱樹脂、10年に三菱レイヨンを子会社化し、現在の4事業会社制となった。
 
ただ、ルーツをたどると、三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎が手がけた鉱山事業にまでさかのぼる。三菱商会の前身となる九十九商会が炭坑・鉱山事業を手がけたのが1871年。この事業は三菱鉱業を経て現在、三菱マテリアルが継承、発展させている。
 
一方、弥太郎の弟である岩崎弥之助氏の次男、岩崎俊弥氏が1907年に設立した旭硝子。ガラスを中心に多様な素材を社会に供給する巨大企業となった。
 
34年に三菱鉱業と旭硝子が折半出資で設立したのが日本タール工業であり、後に三菱化成となった。これが三菱ケミHDの発祥であり、三菱の素材事業に関する遺伝子を脈々と受け継ぐ。

「三綱領」

三菱財閥の第四代社長である岩崎小弥太氏が記し、グループの根本理念を表す「三綱領」。「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」からなる。所期奉公は「事業を通じ物心共に豊かな社会の実現に努力すると同時に、かけがえのない地球環境の維持にも貢献する」ことを意味するという。
 
現在、三菱ケミカルHDを率いる小林喜光社長が提唱するのは「KAITEKI経営」だ。「KAITEKI」をキーワードに、化学に医薬品、高機能樹脂や繊維事業を融合した製品で、日々の暮らしや地球環境に快適をもたらすことを目標とする。所期奉公の理念は受け継がれている。
 
小林社長がKAITEKI実現で重要視するのが、化石資源の枯渇への対処だ。その解決策が環境に優しい製品を生産できる化学素材の開発。小林社長は三つの方向性を提示する。
 
一つ目は、永続的に確保できる資源の開発。三菱ケミカルHDは15年にもタイ産の砂糖やでんぷんで作るバイオコハク酸を用い、土中で分解できるプラスチック「GSプラ」を年2万トン生産する計画を打ち出している。
 
二つ目は、エネルギー効率の向上。自動車部材に使う鉄やアルミをGSプラや炭素繊維に替えれば、環境負荷の削減だけでなく軽量化に貢献して燃費向上につながる。
 
三つ目は、新たな資源・エネルギーを創り出すこと。石炭や石油などの化石資源に代わり、炭素繊維など炭素を主原料とした産業構造の構築が必須となる。

1年ごとに数値化

こうした技術の本格普及に向け、小林社長は自社の収益、技術開発力に加え、地球環境への貢献を1年ごとに数値化して今後の経営判断に役立てる"4次元経営"を導入した。「日本はKAIZENという価値を世界に発信したが、21世紀の新しい価値としてKAITEKIを提案したい」という。

企業概要

1934年(昭9)三菱鉱業(現三菱マテリアル)と旭硝子の折半出資で日本タール工業が発足。44年旭硝子を合併して三菱化成工業になった。50年に繊維部門とガラス部門が分離し、化学部門を日本化成工業として東京証券取引所に上場した。52年に三菱化成工業に商号変更。年に三菱油化と合併し三菱化学が誕生。05年に三菱ウェルファーマ現田辺三菱製薬と三菱ケミカルHDを設立。年三菱樹脂が同HD入り。年に三菱レイヨンを傘下に収め、4事業会社制となった。


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