「不変と革新」

竹中工務店

HOME > 「不変と革新」 > 竹中工務店

新入社員寮生活で伝統継承

全寮制の新入社員教育では月に一度、役員との懇談会が開かれる(経営理念について話す竹中統一氏)
神戸市東灘区にある竹中工務店の社員寮「深江竹友寮」。3月末、全国から前年とほぼ同数の総合職新入社員約140人が集まってきた。深江竹友寮はただの社員寮ではない。社会人生活をスタートする1年間、寝食を共にして同社の伝統的精神を引き継ぐための教育寮だ。この全寮制の新入社員教育「新社員研修」は1952年に当時、見習いと呼ばれた新入社員を対象に「見習教育」として始まり、今年で62年目になる。

 

400年超す歴史

竹中には400年を超す歴史がある。「工務店」を標榜(ひょうぼう)したのは1899年、会社組織としての原型を築いた14代当主の竹中藤右衛門。工務は「設計と施工を一貫して行うこと」、店は「顧客への奉仕を第一義とすること」を示す。基本精神は「最大たるより、最良たれ」。その精神が株式会社となった竹中工務店の「最良の作品を世に遺し、社会に貢献する」という経営理念に引き継がれた。
 
会社組織とした明治後期から欧米の最新建築技術を積極的に取り入れ、国内建設業の発展に寄与して"技術の竹中"という異名をとるまでになった竹中工務店。そんな同社も国内市場の縮小と環境変化の荒波にもまれる。震災復旧・復興に伴う建設資材高・技能労働者不足に見舞われて、2012年1―6月期連結決算で10年ぶりとなる赤字を計上。17代目となる当時の竹中統一社長(現会長)は「創立者の祖父(藤右衛門)が残した『最大たるより、最良たれ』ということばの重みをかみしめている」と話した。
 
通期(12年12月期)は経常・当期利益で黒字を確保したものの、営業利益段階では戦後の混乱期を除き、実質初めての赤字となった。それが400年超の歴史で初となる非創業家のリーダーを誕生させる背景にもなった。

迅速に対応

「変化が早い時代に迅速に対応する必要がある」(統一氏)として後任社長を託された宮下正裕氏は副社長としてここ1年ほど、統一氏に与えられたミッションで現場力強化のための組織改革を検討してきた。その意図は「少しでも顧客に近いところに人を張り付ける」(同)こと。まさに原点回帰への取り組みだ。

統一氏は「厳しいときこそ経営理念、社是に徹していかねばならない」と強調する。社是には第一是の「正道を履み、信義を重んじ堅実なるべし」はじめ、理念を具現化する心得が掲げられている。
 
創業家当主として「会社創立から100年余り。その間にもいろいろなことがあったが、経営理念を実践して生き残ってきた。次の100年も創立者が目指した品質重視の経営で、顧客に喜んでもらいたい」と説き、40年余り前に寮生活を送った宮下氏が「原点をきっちり守ってやっていく」と応える。

信頼関係の証

仕事を通じて顧客と信頼関係を築き、次の仕事につなげていくのが竹中流。民間工事発注でもコンプライアンスが重視されるようになり、コンペティション方式が主流となっている。ただ同社の場合、現在でも50%前後が特命の受注だ。それが「信頼関係の証」(統一氏)であることは間違いない。

企業概要

創業は1610年(慶長15年)。ゼネコン大手5社で最も歴史がある。織田信長の普請奉行だった初代竹中藤兵衛正高が主君の没後、名古屋で神社仏閣の造営を生業にするようになったのが始まり。14代目の竹中藤右衛門が1899年(明治32年)、当時の三井銀行から倉庫建設を受注したのをきっかけに神戸に進出し、近代建築を手掛ける会社組織となった。株式を公開すると利益確保に重きを置かざるを得ないことを懸念した創立者の経営哲学上の思いを踏襲し、非上場を貫いている。


ページの上へ