「不変と革新」

羽生田鉄工所

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圧力容器 総合エンジに

1917年(大正6)頃の本家・柳屋

羽生田鉄工所(長野市、羽生田豪太社長、026・296・9221)は、圧力容器技術の蓄積を生かし、キノコ生産用の高圧殺菌釜や炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を成形するオートクレーブなどの開発製造を手がけている。筐体(きょうたい)の溶接から配管、制御装置の設計、全体の組み立てまで長野の本社工場で一貫生産しており、羽生田社長は「鉄板の加工から最終製品にするまでオールワンストップで自社生産できるのが強み」と強調する。

ボイラで一時代

創業は1884年(明17)。羽生田源治郎が長野県須坂市に柳源鉄工所を設立したのがルーツ。当時は車鍛冶や農機具製造を営んでいた。1937年に株式会社羽生田鉄工所を設立したのが、4歳で源治郎の養子になった羽生田順平だ。
 
順平は向学心が旺盛で、12歳の時に家出同然で長野から東京に出て日本工手学校に入学。石川島造船所で働きながら勉学に励んだ。20歳で柳源鉄工所に戻って蚕糸関連の機械生産を始め、18年に蚕糸産業の熱源に不可欠なボイラ製造に乗りだした。最盛期には「ボイラーの羽生田」として一躍有名になった。

用途開発を推進

圧力容器製造技術の用途開発の一環として63年に製造を始めたのが、現在も主力製品になっているキノコの高圧殺菌釜。雪の多い長野では冬場の収入源としてキノコ栽培が盛んになり、殺菌釜の需要も広がった。
 
その後、圧力容器の技術ノウハウを医療用滅菌器や木材乾燥装置などに横展開した。03年に用途開発として着手したのが、CFRPのオートクレーブだ。04年2月に社内に開発プロジェクトを新設し、9月に製造に着手。3カ月後の12月に初号機の試運転にこぎ着けた。
 
05年2月に羽生田社長を室長とする研究開発室を設立し、オートクレーブの営業も展開。現在までに研究開発用の小型装置を含めて約30台の納入実績を積み上げた。レーシングカーの素材開発のほか、大学や公的研究機関に採用されている。用途はCFRPの成形だけではなく、フィルムやセラミックスの加工にまで広がっている。

海外展開を視野

羽生田社長は「実績を積み重ね、将来は航空機分野への進出を目指したい」と意気込む。その一環として国内だけではなく、香港やドイツの航空機関連技術展示会に出展し、技術をアピールしている。10年に中国・大連に現地法人も設立した。
 
羽生田社長は「海外市場への戦略を推し進め、次の成長に向けて挑戦し続ける。圧力容器の総合エンジニアリングメーカーを目指す」と言い切る。


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