「不変と革新」

三ツ矢エミタスタクシーHD

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顧客第一で地域1番に

千葉県内で約480台のタクシーを運行する三ツ矢エミタスタクシーHDの本社(千葉市美浜区)
「タクシーはサービス業だ。タクシー会社は乱立している。良いサービスをどれだけ提供できるかが、生き残りのカギになる」。三ツ矢エミタスタクシーHD(千葉市美浜区、043・247・5050)の関口勝裕社長は、こう言い切る。

 

馬車屋から

1912年、陸軍大将乃木希典の乗馬係として日露戦争に従軍した曽祖父の末吉氏が、乃木の殉死後に払い下げられた馬で馬車屋を始めた。これがルーツ。この年は日本初のタクシー会社が発足した年でもある。関口家は100年間にわたって運輸業を営んできた。
 
現在、旅客自動車事業などを展開する三ツ矢グループで、千葉県内のタクシー事業を統括している。ブランド「エミタス」には「お客さまの笑顔を満たす」という経営理念を込めている。クレジットカード読み取り端末を搭載したり、ホテルなどの大口顧客を対象に最適な台数を走らせるサービスを実施したり、常に顧客の利便性向上を追求してきた。
 
背景には激しい生き残り競争がある。関口社長が就任したのは94年。バブルが崩壊して利用者が激減し、少ない顧客を奪い合う状況だった。にもかかわらず、ほとんどのタクシー会社が運転手至上主義で、サービス業の視点がなかった」(関口社長)。このため、運転手にネクタイ着用を義務付け、顧客に礼を尽くす姿勢への転換を求めた。試みに反発する運転手もいたが、関口社長は「顧客があふれていたバブル前と同じでは尻すぼみになる」と、根気強く意識改革に取り組んだ。

挑戦の歴史

関口家4代の歴史は挑戦の歴史でもある。馬車屋を開いた末吉氏の後、35年に祖父の栄氏が東京都墨田区にタクシー会社を設立した。栄氏は63年に千葉市に進出。2年後の65年に父の勝利氏が継いだ。勝利氏は米国留学時、タクシーの燃料に液化石油ガス(LPG)が普及していることを目の当たりにした。この経験を生かしてLPGスタンド経営に乗りだした。
 
末吉氏は「馬車屋の創業」、栄氏は「タクシー会社設立と千葉進出」を果たし、勝利氏は「LPGスタンド事業」に挑んだ。3人とも社長就任は20代だった。関口社長が就任したのも28歳。就任からこの間、「顧客第一主義」を徹底している。

改革し続ける

「(当社が生き残ってきたのは)安定をよしとせず、挑戦を続けてきた結果。これからもタクシーはなくならない。だが、これはタクシー会社が生き残ることを意味していない」。関口社長は100年間続いた理由をこう分析している。
 
そして"お客さま第一で、千葉で1番選ばれるタクシー会社"にすることが、関口社長の掲げる目標だ。従来型のタクシー経営を改革し続けなければ、名実ともにトップにはなれない。関口社長は身を引き締める。


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