「不変と革新」

みょうばん湯の里

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湯の花化粧品販路拡大

現在は入浴剤のイメージがある湯の花。だが江戸時代は止血や下痢止めの薬、染色剤として知られていた。みょうばん湯の里は創業1725年。大分県別府市の明礬温ばんみょう泉で古くから製造を続けている。現在の飯倉里美社長は16代目だ。

「湯の里」には海外からも多数の観光客が訪れる

無形文化財に

 湯の花は地中から噴出する温泉ガスを活用し、わらぶきの三角屋根の「湯の花小屋」の中で、温泉成分の結晶を1日約1ミリメートルずつじっくりと“育てる”。これは当地独特の製造方法で、2006年に国の重要無形民俗文化財に指定されている。

 製造方法は300年間変わっていない。だが競争は江戸時代から続いている。江戸時代は中国から安価な類似品が輸入され、その地位が脅かされた。このため同社の先人が江戸の幕府に別府の明礬の優れた品質を訴え、中国製品の輸入規制を勝ちとった。明治に入ると別府温泉が全国に知られたことを受け、湯治客の土産品として入浴剤を用意し、爆発的に売れた。だが戦後に全国各地で類似した商品が売り出され、今度は国内のライバルとの競争になった。

昔ながらの製法

 「昔ながらの製法を守りつつ製造を続けることは、いかに大変かを痛感している」。飯倉社長はこう明かす。だが製造方法を変えることはない。入浴スタイルの変化もあり、今、期待を寄せているのは湯の花配合の化粧品。全国に販路を広げているところだ。

 至る所から温泉が噴き出す別府は「地獄」という言葉が冠せられるように過酷な環境でもある。しかし、その光景が逆に観光客をひきつける。同社が湯の花小屋を置く「湯の里」は、年間60万人が訪れる名所になっている。中国、韓国など海外からの訪問客も多い。
面白いのは観光客から寄せられる感想。国内観光客からは「天然資源で、ただで商売ができてうらやましい」といった声もある。一方、海外観光客は「こうした環境で大変でしょう」といった声が多い。飯倉社長は「ここにきて『メード・イン・ジャパンの文化に触れた気がする』と言ってもらえる。製法を16代守り続けていると話すととても驚かれる」と笑顔をみせる。こうした感想で、スタッフの苦労も報われる。

280年の努力

 「事業は継続していかなければならないが、先人たちは続けることありきで頑張っていたわけではないと思う」(飯倉社長)。同社の280年間は日々の努力の積み重ね。だが、モノづくりの文化を守っている姿はあくまで自然体だ。


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