「不変と革新」

日本ルツボ

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開発は不可能を可能に

創業当時の「金銭出納帳」で先人の歩みを振り返る

決して諦めず

 1885年の創業以来、日本ルツボはるつぼをはじめとする開発への挑戦を続けてきた。1960年入社の岡田民雄会長は、小泉信三元慶応義塾長の「練習は不可能を可能にす」をもじり、ことあるごとに「開発は不可能を可能にする」と口にし、決して諦めないことが肝要だと言い切る。

 2011年に製品化したアルミリサイクル炉「エコカバリー」もこうした執念の産物の一つ。切り粉をるつぼで溶かしてリサイクルする際に、付着物などから生じる煙の発生を抑制し、煙を還流して熱を溶融に利用する。同社は90年代からるつぼを使ったリサイクルの構想を描いていたが、実用化までには長い時間を要した。

 しかし、中国やアジアのダイカスト業界でアルミ切り粉の処理が問題化している時期に製品化できたことは、新興国市場を攻略するという点で結果的に時宜にかなったとも言えそうだ。

挑戦への気概

 顧客の要望を聞き、聞きすぎるほど聞き、一生懸命に開発に取り組む姿勢は社風でもある。岡田会長は「それはつながっていくものだと感じる」と強調する。社員は部門を問わずに開発への挑戦の気概を持つことが求められる。実際、岡田会長も文科系技術者を自称し、営業畑の時から積極的に開発に携わった。

 ただ、技術開発は成功ばかりとは限らない。かつて岡田会長が川崎製鉄(当時)に提案した製造技術は1年間の試行錯誤を経て失敗に終わった。この際、入社間もなかった数戸文夫氏(後の川崎製鉄社長)から、技術の実用面では不調であったとしても川鉄側の技術者の啓蒙(けいもう)に役立ったという意味で、「テストには失敗がない」と言葉をかけられたことが忘れられないと振り返る。同社と顧客の担当技術者がそれぞれ代わったとしても、技術開発に対する姿勢が貫かれていれば、創造的な新製品を必ず世に出せると信じている。

先人の苦労

 本社を都心に構えているが、関東大震災、第二次大戦でも奇跡的に社屋の焼失を免れた。社員は耐火物を用いて高温を活用するるつぼをつくり続けてきた会社を、「火伏(ひぶせ)の神が守ってくれている」などとうわさする。10年前の新社屋建設の折、創業当時の古い金銭出納帳が倉庫の奥から出てきたこともあった。

 これは先人の苦労を振り返る機会になった。同時に事業の積み重ねは社史だけでは網羅できないことがわかった。このため現在は各事業セクションごとに毎年のニュースをつづっている。これが遠い将来、後輩に必ず役に立つと考えている。岡田会長は交流している長寿企業に対し、ニュースづくりを薦めている。


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