「不変と革新」

島津製作所

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京都の先端産業を育成

創業100年を機に開設した創業記念資料館

1875年創業

 都が京都から東京に遷都された1869年。1000年にわたって繁栄してきた京都では、遷都後の発展が危惧されていた。しかし、1875年に創業した島津製作所が、後に京都で花開いた機械や電子部品など先端産業の礎を築くことになる。

 創業者である初代の島津源蔵氏が、理化学器械の製造を始めた木屋町二条は、1870年に科学技術の研究機関「舎密局(せいみきょく)」が設立された日本の近代科学技術の発祥の地といえる。舎密局には源蔵氏も頻繁に足を運んだ。この地には勧業場や栽培試験場、綿工場なども集積した。

 島津は1877年に日本で初めて有人水素気球を打ち上げたほか、日本初の医療用X線装置、電子顕微鏡など次々と画期的な製品を開発した。しかし、島津が京都で先端産業を先導してきたといえるのは、自社製品開発だけにはとどまらない。

技術力高める

 それは地場産業の育成だ。島津と取引することにより、多くの企業は潤い、技術力を高めた。現在、それぞれの業界で存在感を放っている京都企業には、島津との取引がきっかけになって事業が波に乗ったという会社も少なくない。

 島津には関東大震災、プラザ合意による円高、バブル経済の崩壊と大きな危機が3回あった。服部重彦会長は「回復するまで5年間ぐらいかかったが、事業がものすごく伸びた」と振り返る。その上で、服部会長は「必ず危機はある。危機がないと伸びない」と言い切る。

 危機を乗り越えることができたのは、基盤技術と人材があったからこそ。服部会長は「社員は社会に貢献する喜びを持ち、なにかの危機を乗り越える技術は自分たちでしか開発できないと本気で思っている」と笑顔をみせる。

科学で社会貢献

 2002年、社員で現在はフェローの田中耕一氏が、「たんぱく質など生体高分子の同定と構造解析の手法」を開発し、ノーベル化学賞を受賞して日本中が沸いた。島津の社是である"科学技術で社会に貢献する"を体現した象徴的なエピソードとして語り継がれるとともに、島津の名を改めて世間に知らしめた。

 島津は現在、"真のグローバル企業"を掲げ、中国などの新興国市場での事業拡大に取り組んでいる。分析計測機器などの高級機種のほか、現地仕様に合わせた製品を投入し、実績を積み上げている。

 ただ、地域貢献は決して忘れない。もちろん海外工場を置いているが、本社工場(京都市中京区)では計測機器、医用機器、航空機器、産業機器の全事業の製品を生産している。服部会長は「京都の工場で雇用を創出する。よい人材が集まる」と共存共栄を貫く。100年以上続く島津のDNAは色あせることなく京都に根付いている。


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