「不変と革新」

キリンビール

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新ジャンル・海外に活路

仙台工場で震災後に製造したビールの出荷を喜ぶ松沢社長(左から二人目)

完全復旧

 キリンビールは東日本大震災で被災した仙台工場(仙台市宮城野区)で、震災後の夏に岩手県遠野市で収穫したホップを使った「一番搾り とれたてホップ生ビール」を仕込み、昨年の11月2日から出荷を再開した。今年2月15日には瓶ビール製造ラインを再稼働し、工場の完全復旧を果たした。

 「雇用も含め仙台工場は東北の需要な拠点。これからも震災に強い工場として地域とともに生きていく」(松沢幸一キリンビール社長)。

 キリンビールは1907年に創立。仙台工場は同社3番目の工場として1923年7月に操業した。くしくも同年9月1日に関東大震災が発生し、創業地である横浜の工場が全壊。産声を上げたばかりの仙台工場が全国供給の一翼を担い同社の存続を支えた。

国内市場縮小

 ビールをはじめ酒類の市場環境は決して良好ではない。少子高齢化が進む国内は市場が縮小傾向にある。キリンビールは次のチャンスをつかむために「ビールの新たな価値の創造」と「海外市場の開拓」に力を注ぐ。「市場環境の変化は緩やかだが、イノベーションを続けなければ経営も続かない」(同)。

 商品群ではラガーや一番搾り、発泡酒「淡麗グリーンラベル」、チューハイ「氷結」などの基盤ブランドが育つ一方、新ジャンル分野で「のどごし<生>」を大ヒットさせた。ノンアルコール・ビールテイスト飲料も業界初のアルコール0・00%を売りにした「キリンフリー」が新市場の創出をけん引している。

 「今後も消費者に最適に商品を届ける方法をもっと考える必要があるし、メーカーとして技術開発を怠れば100年の経営どころではない。10年もしない内に市場から退場させられる」(同)。

 人類は吉凶につけ、杯を重ね、また交わし合ってきた。杯を満たすものの市場はこれからも世界中にある。国内に新たな市場を生みだした「キリンフリー」は米国でテスト販売を始めた。欧州では「KIRIN ICHIBAN (一番搾り)」をドイツにある世界最古のビール醸造所「ヴァイヘンシュテファン醸造所」で製造している。

日本発 世界に

 アジア圏の市場開拓も進んでいる。松沢社長は「日本できちんとした仕事を続けてきたことは海外でも評価される」と胸を張る。本格的な「ドイツ風ビール」として産声を上げたキリンビール。100年以上の歳月を経て、日本発の世界のビールになった。


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